【プロフィール】陸上トレーニングスクール代表:高井貴一 | 陸上トレーニングスクール  

【プロフィール】陸上トレーニングスクール代表:高井貴一

高井貴一ってどんな人??

こんにちは。高井貴一です。

スプリントコーチとして累計700名以上の選手に短距離走専門の指導をしてきた人です。

多くの選手の走り方・フォームを研究して、「速く走るためにはどうすればいいか?」ということを常に考えています。

今回は私のプロフィールを簡単にまとめたので、是非最後までご覧頂きたいと思います。

年表

平成6年(1994年6月5日)

岐阜県関市で生まれる。

平成9年

関市立富岡保育園に入園して、泥団子遊びとドッヂボールに没頭する。

平成12年

関市立富岡小学校に入学して、学童野球「富岡イーグルス」に入団する。ポジションはキャッチャー。中濃地区で優秀選手賞と打撃賞に選ばれる。バレンタインでチョコももらっていた(このときだけ)。

平成18年

関市立旭ヶ丘中学校に入学して、野球部に所属する。ポジションは変わらずキャッチャー。先生に反抗して右ストレートと一本背負いを受けて、翌日丸坊主にして謝罪会見をした。

平成21年

県立岐阜商業高等学校情報処理科に入学して、野球部を3日で退部する。理由は先輩からの厳しいご指導(今でいうイジメ)だった。半年間グダグダ生活をして陸上競技部に入部を決心した。1年後に岐阜県総体マイルリレー優勝。その1年後に岐阜県選手権200m優勝。勉強も努力するようになり評定平均値は4.7だった。

平成24年

京都産業大学法学部に入学して、陸上競技部に所属する。毎年自己ベストを更新して関西インカレ400m3位入賞や全日本インカレにも出場して、副主将を務めた。そして、大学も無事に卒業した。

平成28年

岐阜県の大手企業に就職する。陸上競技から離れて、仕事に打ち込む日々を送る。朝6時に出勤して深夜1時に終わることもあったが、良い仲間に恵まれて何とか耐えていた。この時に真剣に付き合っていた彼女もできた。ディズニーランドや有馬温泉、ユニバーサルスタジオジャパンなどにも旅行に行っていた。本当に幸せな時間だった。

平成30年

24歳を迎える私の誕生日に彼女から一方的に別れを告げられ破局する。全てを失った感覚だった。この瞬間から心の隙間を埋めようとYouTubeチャンネルとブログを開設してスタートする。過去に自分が本気で打ち込んでいた陸上競技短距離走をテーマにした【陸上トレーニングスクール】の代表となる。

令和3年

27歳でもう一度、100mで現役復帰を決意する。岐阜市にある松岡整形外科 内科・リハビリテーションに所属して、ゼロから身体を鍛え上げる日々をスタートする。現役復帰1年目のシーズンは10.94だった。

令和4年

To be continue…

陸上競技実績

陸上競技短距離競技歴12年

自己ベスト100m10.69/200m21.65/400m47.31

岐阜県選手権200m優勝

関西学生陸上選手権大会男子1部400m3位入賞

エコパトラックゲームズ400m3位入賞

岐阜県総体4×400mリレー2年連続優勝

京都選手権4×100mリレー準優勝

陸上指導実績

岐阜県立高校陸上競技部外部指導実績(3校)

岐阜県中学生陸上競技クラブチーム外部指導実績(30名規模)

岐阜県陸上競技スポーツ少年団指導実績(100名規模)

岐阜市野球クラブチーム指導実績(50名規模)

岐阜市サッカークラブチーム指導実績(60名規模)

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