4月中旬。
俺は近くの川の河川敷で草むしりをしていた。
まだ少し肌寒く感じる季節のど真ん中。
沈む太陽に見守られながら、腰を低くして、軍手を何枚も破き捨てていた。
おかげで手はボロボロ。
布の繊維から侵入してきた泥で、爪も汚くなっている。
少し雨が降っている。
普通の感覚があれば、草むしりなどするようなコンディションではない。
しかし、感覚が麻痺している我々にとっては好機。
地盤が緩んで、草をむしり取りやすくなっている。
20cmくらい背丈のある草は、引っこ抜いた瞬間に謎の快感がある。
あの感触は何だろう?
草むしりを生業としている人にしたら、この上ない至福であろう。
雨粒が、着ているジャージを濡らす。
そこから青色が濃紺へと変わる。
雨粒が乱反射して、やがて濃紺へと染め上げられる。
そのジャージはいつもより重く感じた。
雨が強くなってきたので、高架下に急いで入る。
雨をしのげるはずの橋の下では、なぜか全員びしょ濡れ。
結局は事後対応なのだ。
それに気付くことなく働き続けた報いなのか。
それとも、それだけ夢中になって草を引いていたのか。
どちらにせよ、今の凍えそうな現状をどうにかしたい。
「また雨かよー最近このパターン多くね?」
「雨って神様のおしっこらしいよ!」
レイジとカイは馬鹿な話しをしている。
しかし、それがあの2人にとったら大切な時間だと思って、そっとしておく。
「今日はここまでか?」
レイジは意味ありげに言葉を発する。
「18:30まで待とう、それまでに雨が止めば続行しよう」
大きなため息をつく2人。
幻想だと思うが、吐息が白い。
それを聴かないようにする俺。
確かな信頼関係がないとできない芸当だ。
現在17:50
止まないだろうな。心では少し分かっていた。
雨足が激しくなると、みんなで今日の収穫を大型のビニール袋に詰め込んで、自転車に括り付けて学校に帰る。
学校が始まってからの2週間。ずっとこの生活を繰り返している。
明くる日も明くる日も。
晴れの日も雨の日も。
暑い日も寒い日も。
しかし、モノは考えようだ。
この生活が生んだチームの結束力は強い。
俺、レイジ、カイ。
ただのボランティア集団ではないのだから。
何を隠そう県立名東高校の陸上競技部の一期生だ。
活動内容は草むしり。
どこの陸上部が生徒に草むしりをさせるのだと保護者団体に説教をくらいそうだ。
ただ、これは生徒が自分から望んで行っていることだと知ってもらいたい。
入学した次の日に、陸上部創設案を真波先生に相談したら、
「まずはグランドが必要だね!顧問は、、、俺がやるよ!暇だし、陸上知らんけど」
忍者のようなフットワークの軽さに腰を抜かすも要望は通ったようだ。
後から聞いた話しだが、真波先生は元々違う持つはずだったらしいが、その破天荒なスタイルがあだとなって外されたらしい。
先生にとっては、陸上部創設は飛んで火にいる夏の虫状態だ。
そんなこんなあって、俺たちは市の許可を得て、河川敷を整備している。
理想としては150mくらいの直線を造る壮大なプロジェクトをわずか3名の職人で行っているのだ。
インターハイ予選がもうすぐ始まる季節に一体、何をやっているのかと横やりが飛んできそうだが、避けるつもりはない。
みんな甘んじてその選択肢に指をさしたのだから。
もうすでに100mくらいは完成しており、4月中には完成することを企んでいる。
思った以上に土の質も良く、走りやすそうだ。
真波先生はスマホをいじりながら、河川敷の階段でいつも川を眺めている。
一応、監督という立場だと共通の認識はあるが、競技については全くの素人。
高校生ながら生徒中心の活動になりそうだ。
人間は自由を与えられることによって、不自由を知る。
不自由な瞬間ほど、なぜか自由を感じてしまう。
おそらく、やりたいことに対して自由とか不自由とかの概念はないのだと思う。
陸上部が創設されたときも、真波先生は、
「俺は陸上のことは全く知らない。君たちで創り上げていってほしい。そのためなら何でも手伝うよ」
本来の監督のスタイルだなと思った。
監督に必要な資質に、専門家は必要ない。
逆に専門的な知識が、監督というソースに権威性を持たせて、生徒を支配する。
資本主義社会の始まりだ。
資本家は常に労働者からの労働的時間的な搾取を絶え間なく進めている。
日本陸上界はこの現状から脱却できずに、常に生徒から自由をはく奪している。
クラスの友達は異端な目で陸上部を見ているが、そのおかげで仲良くなった友達もいる。
陸上競技というマーケットがなかった名東高校に新しい風が吹いたのだろう。
現在、紆余曲折あって何とか創部一期生として活動している。
4月までに県立名東高校の専用のグランドを完成させる。
そこから本当の挑戦の始まりだ。
いまだに陸上競技の練習はできていないが、グランドを造ることも練習だろう。
グランドが当たり前のようにあって、それを使ってトレーニングをするということは、案外奇跡のようなことかもしれないな。
ここで走れる日が楽しみだ。