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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』53.失った景色

空気が重いと感じているのは俺だけなのか。

 

コンクリートの道をスタートラインに向かってゆっくりと歩いていく。

 

ピッチでは他の競技が熾烈を極める。

 

悔しい表情、嬉しい表情、その他いろんな表情が競技場の中で点在している。

 

あと10分後、俺はどんな表情でフィニッシュしているのか。

 

男子100m準決勝の舞台に辿り着いた。

 

リュックを長椅子の所定の位置に下して、スパイクに履き替える。

 

最終コールが機械的に済まされ、隆盛のスタンドは期待値で爆発しそうだ。

 

決勝に進むための大切なレース。

 

1組目のレイジとハイタッチを交わして、見送った。

 

大歓声の中、スタートラインに向かう。

 

誰が誰に向けた歓声かは分からない。

 

それでも、応援してくれる人がいるという事実だけで十分じゃないか。

 

静寂に包まれた会場がスタートを音を待つ。

 

1組目がスタートした。

その音に合わせて、スタートの感覚を確かめていたころにはレースは終わっていた。

 

電光掲示板には2着のレイジが表示されていた。

 

10,75風はプラスの1.3という好条件だ。

 

準決勝2組目に走るトオルに並ぶタイムだった。

 

そのタイムに触発されたのだろう。

 

そして、同じ組にいる藍川セイゴにもライバル心を燃やしている。

 

後ろから見ていても分かった。

 

スタートから抜けていた。

 

電光掲示板に映し出されているレースでは藍川セイゴと同着に見えた。

 

結果は2着10,68だった。

 

名東高校のメンバーが連続して決勝に進んだ。

 

大丈夫だ、俺は走れる。

この瞬間一番怖かったのは脚の痛みだ。

 

具現化した痛みはなかった。

 

だから大丈夫、そう思って走るしかない。

 

ブロックに震える脚を落ち着かせて、ゆっくりと乗せる。

 

膝をついて、まっすぐゴールを見ながら深呼吸をする。

 

腰を上げてから、ピストルが鳴るのに2秒弱。

 

その時間がたまらなく長く感じたのは初めての体験だった。

 

勢いよくスタートする。

 

60mまでしっかり加速に乗る。

 

80mを通過して、確信が持てた。

 

他の選手の追い上げは無かった。

 

組に恵まれた。

 

タイムは10,80だ。

 

通過者の中では決して速いタイムではない。

 

怖かった。レースに対して恐怖を感じていた。

痛みも何もないコンディションのはずなのに、全力を出せない。

 

レイジとトオルはゴール地点で待っていてくれた。

 

「これでみんな決勝だな!インターハイ行くぞ」

 

スパイクを脱いで、ブルーシートに向かうレイジはそう言った。

 

そうだ。

 

ここまで来たんだ。走るしかない。

 

夢を共に分け合ったチームのためにも。

 

選手の人数とオーディエンスの人数が入れ替わる決勝。

 

あれだけたくさんの選手がピッチで戦っていたのに、夕方にはスタンドに座っている。

 

それがほとんどだ。

 

すぐに川草さんにアイシングを頼んだ。

 

「脚はいつもの状態じゃないの?」

 

俺は何も答えずに、首を横に振るだけだった。

 

あと一本だ。過去にここまで緊張するレースはなかった。

 

決勝まで残りの時間は多くない。

 

諦めたくない思いが奮い立たせる。

 

今までやるべきことはすべてやってきた。

 

決勝の舞台に名東高校が3人揃えて挑む。

 

インターハイへの切符まであと100m。

 

決勝の招集が始まった。

 

スタンドには観客や報道が押し寄せる。

本日のメインイベントを観るために多くの賑わいを見せている。

 

決勝

トモヤ5レーン。

 

藍川セイゴ7レーン。

 

トオル8レーン。

 

レイジ9レーン。

 

「本当の勝負はインターハイだからね、楽しみにしているよ」

 

レーンナンバーを取ろうとした時、ライバルに言われた。

 

「いいレースにしよう」

 

俺はそう言って、多くは語らなかった。

 

さすがに人気が少なくなった決勝の招集。

 

一日の終わりを予感させるようだ。

 

あと一本。集中。

 

全てを思い返しながらスタートに向かう。

 

何度も壁にぶち当たった。

 

そのたびに仲間がいた。

 

今の自分があるのは仲間のおかげだ。

 

何が何でも走り切って見せる。

 

最終コールを受ける。

 

そこには名東高校の頼もしいメンバーが残ってくれている。

 

「今日はあと一本!明日につながるレースをしよう」

 

2人がうなずいて、レースが始まる。

 

乾いた空気が夕方の風を受けて、少し湿り気を帯びている。

 

選手紹介では富山県の全高校が名東高校と水上館高校に拍手を送った。

 

これもスポーツのケミストリーだと思っている。

 

県総体で生まれたリスペクトが北信越総体に引き継がれている。

 

県の代表として戦っていることを忘れてはいけない。

8名の高校名と名前を呼び終えると、大勢の人間が指揮されるように静かになる。

 

100mの決勝を会場が創り出すのだ。

 

多くの人の後押しが、スターティングブロックに込められる。

 

身体を少しだけ揺らしながら、徐々に静止状態にする。

 

後は合図に身体をゆだねるだけだ。

 

スタート音がスタンドに乱反射する。

 

ピッチでは一斉に力強い一歩を踏み出す。

 

80mまで一瞬だった。

 

しかし、アクシデントはそこで起きた。

 

トップの選手がゴールする。

 

「うそ、、、だろ、」

 

「トモヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

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