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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』55.Please give me the courage to run through just now

その日の朝は梅雨らしく雨が降っていた。

 

会場もテントを構えて、雨粒を凌げるようなシステムを構築している。

 

名東高校から2名のインターハイ選手を輩出した1日目。

 

今日はその大会の2日目にあたる。

 

ブルーシートを濡れない場所に敷き込んで、ウォーミングアップの準備を始める。

 

いつもと変わらないルーティーンで進める。

 

ここまできたら特別なことは何一つ必要ない。

 

「トモヤ、脚の調子はどうだ?」

俺のことを気遣ってレイジが聞いてくる。

 

「調整一日間違えたみたい。だから今日がピークだよ」

 

どんなボケだよって思われるかもしれない。

 

雨が本格的になるがバトンフロートはしっかりサブトラックで行う。

 

蹴りだした雨が後ろの走者に当たる。

 

掛け声が雨の音で聞こえずらい。

 

「ちょっと中に入って待機!!」

 

走りを見ていた真波先生がチームを止めた。

試合が一時的に中断する。

 

「すっげー雨だなーさっさと着替えようぜ」

 

レイジは濡れた髪の毛をタオルでふき取る。

 

「ごめん、雨天走路でもう少しアップしてくる」

 

まだ、リレーの招集まで30分くらいある。

 

しっかり温めて試合に挑もう。自分だけの身体じゃないから。

 

「トモヤくん、脚は大丈夫?」

 

水上館高校の藍川セイゴが満員の雨天走路で話しかけてきた。

 

「あーおめでとう、優勝。俺は大丈夫、今日も走るよ」

 

言葉に自信と責任が持てなかった。

 

「まだ君に勝ったと思ってないから。待ってる、いつか万全の状態で戦えるまで。」

 

言葉に背中を押された。

 

チームが迎えに来る。

 

「招集行こうぜトモヤ!インターハイ決めるぞ」

 

目の奥が熱くなる。今日は雨が助けてくれそうだ。

 

リレーの予選が始まるころには、小雨になっていた。

 

でも今日は一日中、雨の予定だ。

 

走順はいつも通り。トモヤ、レイジ、カイ、トオル。

 

昨日はスタートで地面に手をついたとき、トラックから熱さを感じた。

 

今日は冷ややかな雨を背中に受けながら、スタートことになる。

 

そして、第一組に名東高校が登場する。

 

「一組目の選手はスタートします!」

 

誘導員の掛け声でレースが始まる。

大きく深呼吸をする。

 

恐怖から逃げ切ってやる。

 

いつもの雷管とは違う雨用の湿気た音の雷管がスタートの合図となった。

 

コーナートップまでゆっくりとゆっくりと加速する。

 

痛みはあるけど、走れない範囲ではない。

 

レイジがいつもよりスタートを2足縮めて待っている。

 

とても長く感じる。

 

いつもなら前の選手との間隔差を詰められるのに、うまくいかない。

 

予選は無難にレイジに渡った。

 

名東高校はそここから怒涛の追い上げを見せて、1着で通過した。

 

「トモヤ本当に大丈夫か?」

 

2走で走り終えた、レイジが戻ってきた。

 

脚を引きずりながら歩いている俺を見て、心配したのだろう。

 

「雨がいい感じにアイシングになってるよ」

 

何も面白くない冗談を言うほど、追い込まれていた。

 

レイジの肩を借りて、名東高校のベンチに戻る。

 

倒れ込むように横になる。

 

あと2本も走れるのか?

 

自分でも予選を走れたのが奇跡だと思っている。

 

ただ、ここで走るのを諦めたら、絶対に後悔する。

もう後悔をする生き方は選びたくない。

 

それをみんなは知っていたから、慰めるようなことや走らないという選択は勧めてこなかった。

 

真波先生は補助員を抜け出して、戻ってきた。

 

「もうボロボロじゃん、、、でもいい顔してる!あと2本、頼んだよ!!」

 

先生ありがとう。

 

準決勝に備えて、また身体を温める。

 

1秒でも無駄にしないアップをする。

 

ピッチでは他の種目が会場を盛り上げている。

 

それを横目にしながら、ふわふわした意識を保ちながら、少しずつ身体にキレを覚えさせる。

 

1次アップと同じくらいの量と質でスプリントする。

 

頼むから、痛みを乗り越えてくれ。

 

チームに合流して、準決勝のコールに向かう。

 

「準決勝は3足縮める。だから思いっきり走ってこい」

 

まっすぐ前を向いて歩くレイジが、俺にしか聞こえないような声で言った。

 

「詰まらせるなよ、、、」

 

お互いに微かな微笑みを見せる。

 

3組。各組8チーム。2+2。

 

この条件をクリアしたら決勝だ。

 

招集所では1つの長椅子に1チームで待機している。

 

耳を澄ますと、必ず聞こえてくる『インターハイ』というワード。

 

共通認識だ。

 

4レーンの腰ゼッケンの安全ピンは手がかじかんで簡単には付けられない。

 

それに気が付いたカイが代わりに付けてくれる

 

「手、冷たいじゃんトモヤ!心配するなよ、俺らが何とかするから!」

 

その言葉を聞いて、スタート時に受け取った青いバトンは冷たさを感じなかった。

 

今日2本目のリレー。

 

これを突破したら次は決勝だ。

 

痛みがマヒしているような感覚の脚を、惰性で前に進める。

 

雨が降りしきる中、名東高校の出場する第3組が始まる。

 

自分のレーンに歩いて向かう。

スターティングブロックの歩幅を合わせる。

 

ただ、スタート練習はしなかった。できなかった。

 

自分の思うような動きは痛みに支配されていた。

 

雨で視界がゆがむ。

 

付けてもらったはずの腰ゼッケンはピンが1つ取れている。

 

陸上の神様。

 

一つだけ。

 

たった一つだけでいいいから、

 

わがままを言わせてください。

 

「今だけでいいから駆け抜ける勇気をください」

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