『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』52.大きな門の先には | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』52.大きな門の先には

迎えた北信越総体初日。

 

梅雨の季節に行われた大会にも関わらず快晴。

 

ケガも99パーセント完治させた。

 

残りの1パーセントは気合で埋めて見せる。

 

「脚もう痛くないの?」

 

石川県西部緑地公園陸上競技場に着いて、ブルーシートを運ぶ川草さんが不安そうに問いかけてきた。

 

「痛くないよ。ちゃんと治してきたから。それにみんながいる。負ける要素はないでしょ」

 

ここまで来たら前向きに一つ一つやっていくしかないだろ。

 

車でちょうど1時間くらいの競技場に朝7時半に到着していた。

 

日程については県総体と同じ。

 

1日目100m予選準決勝決勝

 

2日目リレー予選準決勝決勝

 

3日目200m予選準決勝決勝

 

リレーに準決勝が増えただけだ。

 

俺が走る本数は全部で6本。

 

今のコンディションだったら、予選でさえ手は抜けない。

 

荷物をブルーシートの上にまとめる。

 

他の高校は学校ごとに定位置みたいなのがあるかもしれないが、名東高校は目立たないような場所に腰を据える。

 

どこにいても強いチームは強い。

 

形にとらわれない柔軟性が必要だ。

 

3時間後に行われる100mの予選のアップに行く。

 

暑さが厳しくなると予報されているコンクリートの照り返しは真夏を感じさせた。

 

6月の第4週ともあれば、気温はかなり上がってくる。

 

つい10分前に開門されたばかりのサブトラックも今では人で溢れかえっている。

 

「この雰囲気、全中に似ているな。」

 

規模が大きなレースの独特な高揚感と身体の感覚。

 

仕上げてきたチームを全力で表現する場所が、そこにはあった。

 

リュックからテーピングを取り出し、足首やひざの関節を固定する。

 

日陰も確保できたので、長い時間をかけてゆっくり身体にオールウェザーを慣れさせていこう。

 

他校の前情報は入れてない。



というより、あまり気にしていなかった。

 

勿論、競争するスポーツで優劣が決定する。

 

ただ、そんな勝った負けたみたいな小さいことで俺たちは競技をしていない。

 

順調にアップを進めて、予選まであと1時間。

 

アイシングを交えながら表面的な熱をとって、身体の芯だけを温めていく。

 

「みんなでインターハイに行こう」

 

レイジはスタブロまで蹴り終わって、スパイクの紐をほどいている。

 

「当たり前だろ!何のために今までやってきたと思ってんだ。お互いに期待してるぜ」

 

招集場所に向かう。

 

マネージャーに荷物を預けて、エントランスに入る。

 

「みんな予選で落ちたら怒るからねー」

 

「しっかり3本走ってね!」

 

たった2人のマネージャーから応援をもらって、背を向ける。

 

招集会場は熱気がすごかった。

 

温度的な感じではなくて、感情的な熱気だ。

 

6つしかないインターハイの枠に、この大勢が命を懸けている。

 

「それでは男子100m予選の招集を開始します!」

 

係員の合図で一斉に列ができる。

 

レーンナンバーは7レーン。

 

この大会からは両方の腰にゼッケンをつける。

 

面倒だけど大きい大会は全部そうだ。



スパイクピンとゼッケンを係員に見せるために列に並ぶ。

 

この瞬間のドキドキ感は誰にも分からないだろうけど、悪くはない。

 

水上館高校のメンバーも入ってきたが、お互いに目は合わせなかった。

 

招集が締め切られ長椅子に座っている選手が、係員の指示で動き出す。

 

いよいよ始まる男子100mの予選。

 

頼むから、この大会だけはもってくれ。

 

スターティングブロックは新品のものでとても蹴りやすかった。

 

30mくらいスタートの確認をする。

 

遠くには名東高校のメンバーが小さく見えて、大きく手を振っていた。

 

大きく深呼吸。

 

トラックの匂いが強い。

 

空気が乾いている。

 

「オンユアマークス」

 

8名の選手が掛け声とともに一歩踏み出し。

 

スタートの準備をする。

 

両方の脚をブロックに引っ掛ける。

 

不安はなかった。

 

爆発音で一列に跳び出す。

 

スタートは3番手くらい。

 

大丈夫。

 

60mでトップに立ち。

 

他の追随を寄せ付けることなくゴールした。

 

記録は10,77

 

走れる。この調子でいけば決勝まで問題ない。

 

すぐにスパイクを脱いで、チームのブルーシートに戻る。

 

脚の熱を取り除きたかった。

 

「トモヤくん予選通過おめでとう!準決勝もファイト!」

 

内心少し焦っていた。

 

上手く走れ過ぎている。



ただ、今はまぐれでも奇跡でも信じたかった。

 

「うん!調子はいいからあと2本しっかり走ってくるよ」

 

レイジもトオルも予選を2着でしっかり通過した。

 

さすがにレベルが高い試合で簡単には次のラウンドに通してはくれない。

 

1時間後の準決勝へは名東高校すべてのメンバーがコマを進めた。

 

ここからは誤魔化しが効かないレースになるだろう。

 

コールまでの少ない時間を、もう一度ウォーミングアップに充てた。

 

一応、走りの感覚に違和感はない。

 

走り切って見せる。

 

「トモヤ、招集行くぞー」

 

「おん、ありがと。もう行くよ」

 

ギリギリまで動きを固めた。

 

トオルに言われるまで夢中になって、身体を動かしていた。

 

しっかり汗を拭き取って、8/24の戦いに向かう。

 

待ってろインターハイ!

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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』51.どん底の覚悟