電光掲示板にトオルの組の結果が表示された。
それに気が付かないまま、競技場からスタンドを観ているとレイジが驚いている様子。
「1組目の結果をお知らせします。1着藍川セイゴくん水上館高校10.80。2着石橋トオルくん名東高校10.99。以下の記録はスクリーンをご覧ください。」
アナウンスが流れて、トオルは自身に満ちた顔つきだった。
決勝まで時間が無い。あと1時間後にはスタートしている。
名東高校が10秒台を2枚揃えた瞬間だった。
「トオルおめでとう!10秒出たね!」
トオルはゆっくり靴紐をほどきながら、まだ興奮で指先が震えていた。
とても嬉しかったのだろう。俺もそうだった。
「トモヤとか名東高校のメンバーのおかげさ、決勝に出られるのも。」
スポーツを通して、人間が成長していく姿だった。
いつまでも大切にした顕著な姿勢がそこにはあった。
島本さんが遠くから、氷が入った袋とシートを持って走ってきた。
「二人ともおめでとう!やっぱり名前にトがついていると速いじゃん!10秒やっと出たね!」
「やっとというより、いきなりだと思うけど」
冷たい氷をハムストリングスや首にあてて、熱さを抑える。
走り切った身体は熱を持って、無駄なエネルギーを熱によって奪われてしまうからね。
それにしても、その代償として掌がビックリするくらい冷たくなる。
「真波先生たち、ベースキャンプにいるけどもう戻る?」
島本さんは退屈そうに聞く。
確かに走り切ったユニフォームの男子高校生のたまり場みたいになっていた。
「そうだね、報告もしたいし。リレーメンバーにも100mの決勝前に会っておきたい。」
レーンナンバーを外して、指定の箱に入れる。
ゆっくり歩きだす。
水上館のメンバーは足音を立てないで、その場からは消えていた。
ベースキャンプに到着すると、
「トオル、レーンナンバー付けっぱなしじゃん」
「記念だよ、記念」
確かに俺もそうだった。
初めて10秒台を出した時は、普通の記録会だったからあんまり覚えてないけど。
俺はアイシングの続きを軽くして、サブトラックに向かう準備をする。
「リレーのことは考えないで100mの決勝に集中しろよな!」
レイジが気を使ってそういった。
俺は軽くうなずく。
島本さんとトオルがシートを持って、待ってくれていた。
「サブトラ行くよね?100m決勝楽しみだね!」
「もうサブトラなんて言葉覚えたの?」
「名東高校陸上部のマネージャーですから!!」
頼もしいな。入学当初はこんなこと考えてもいなかった。
人数が減ったサブトラには、決勝に残った選手が集う。
いつもスタンドとサブトラの人口はこのタイミングで逆転する。
招集まで時間があまりない。
俺はスパイクを履いて、スタートダッシュだけ行うことにした。
サブトラに2台だけ置かれたスターティングブロックは誰も使っている様子はない。
「またトモヤくんと走れるね。調子はどうなの?」
昔の藍川セイゴとは違っている。
なんか余裕というか強さというか、よく分からないが。
「いいよ、怪我も治ったから」
「そっか、なら勝負するかいがありそうだね」
そう言って、場所をお互いに離れた。
何となくだけどライバルってこういう関係なんだと思った。
あいつとは陸上を引退してから友だちになりたいな。
スタートダッシュはかなり好調で、1歩目の出だしを島本さんに撮影してもらう。
「ばっちり撮れたよ!!」
「ありがとう、見せてもらうね」
俺はタブレットの画面と真剣ににらめっこ状態。
現時点では修正点はいくつかあるが、それを修正するより、今の走りで全力を出してみようと思った。
「ねーねー動画見て何が分かるの?」
「何も分からないことが分かったよ」
俺は哲学めいたことを言って、スパイクをアップシューズに履き替えた。
「それで1番になれるならいいけどー」
島本さんは少しすねた感じで返事をする。
試合中にあまり動きを修正するのは得意ではなかった俺は動画を見て安心したかっただけだ。
トオルもアップを短めに完了させて、いざ100mの決勝に向かう。
サブトラを出るときには、既にリレーのアップをしているチームもあった。
招集所には各組8名の選手しかいない。
決勝だから当然か。
俺は4レーン、トオルは9レーン。
藍川セイゴは5レーン、巴ダイジロウは8レーン。
さあ決勝だ!