100mの表彰式は行かなかった。
理由は特にないけど、何となく出たくなかった。
人前で表彰されるのは苦手だ。
それより、チームメイトと一緒に時間を過ごしたかった。
時刻はもうすぐで18時になるところだ。
4×100mRは本日の最終種目。
少し日も落ちてくるころだ。そして、ナイターが点灯する。
「すげー!競技場にナイター点いたぜ!決勝って感じがするな」
今は18:30から行われる四継の決勝の最終コールに向かっている。
この決勝に歓喜する言葉も、この小説を読み進めているなら誰が言っているか分かるようになってきただろう。
少しずつ気温が奪われていく。
ベースキャンプもすでに撤収して、名東高校フルメンバーでコンクリートの道を競技場を目掛けて歩を進める。
今日一日のことを振り返るのはまだ早いけど、いろいろなことが起きたな。
大丈夫。後はトラック一周をみんなで走り切るだけだ。
「ならスタンドで観てるね!がんばってねー」
「はい!」
一同で挨拶を返す。
これは一つの組織だ。
同じ目標に向けて努力し合う集団だ。
俺たちは一歩踏み出した瞬間から、日常を変えられていた。とても素晴らしいものに。
招集場所には強豪チームが揃っていた。
どの選手も100mで決勝や準決勝に進出した選手を揃えている。
無名だった名東高校も少しは注目されているかな?
「トモヤくん、決勝本気で走った?」
後ろから藍川セイゴが話しかけてきた。
水上館高校のメンバーと一緒にいる。
「本気だよ、今回は負けちゃったけど」
「違うでしょ。こんな実力じゃないでしょ。もっと期待していたよ」
同級生のもの言いではなかった。
俺に期待ってどういことだ?
会話は一方的だった。
水上館高校の連中は腰ゼッケンを取って、どこかに行ってしまった。
「なにー!?感じ悪くない?」
島本さんがそう言うと、空気が和む。
「気にしないでリレーに集中しようぜ!」
レイジはチームを鼓舞すると、早速腰ゼッケンを取り忘れていた。
「おい!レイジ8レーン持ってけよ!」
トオルに注意されて一笑い。
決勝は8レーンで一番外だ。
追われることはあっても、追うことは無い。
どれだけ先行で逃げ切れるかが勝負の分かれ目になる。
最終コールを終えて、島本さんが楽しそうにマジックペンを持っている。
「バトンもらう手、みんな貸して!!「バ・ト・ン・!」って書くから」
俺はバ、レイジはト、カイはン、トオルは!。
「俺の!ってなんだよ!」
トオルは面白がって突っ込む。
俺たちリレーメンバーの掌にはバトンを受け取る手に印が書かれた。
「この印を目掛けてバトンパスすればいいんだね」
カイは初めての決勝に嬉しそうだ。
「そーゆーこと!ならスタンドで真波先生と応援しているね!」
いよいよ本日の最終種目が始まろうとしている。
各々が誘導員に着いて、スタートに導かれる。
予選と同じ走順で勝負だ。
他のチームがどんなメンバーで来るかは知らないけど、俺たちのレースをするだけだ。
競うスポーツだけど、競わないことが大切。
他人が納得するより、自分が納得することが重要。
つまり、誰のために陸上やってるかってこと。
女子のリレーが大きな盛り上がりを見せて終わる。
最終種目にふさわしい会場の雰囲気だ。
スタート練習をして、俺はレイジに手を振る。
レイジはカイ。カイはトオル。トオルは俺。
繋がった。
よし、後は全力で走るだけだ。
内側から順番にレーン紹介が行われる。
ひと際、小さな拍手が名東高校だった。
それでいい。
会場は静寂を受け入れる。
位置について、スターティングブロックに脚を置く。
勝負はスタートだ。
空気が弾けた瞬間、跳び足して魅せた。
コーナーを最後まで加速しながら曲がり切る。
俺の内側の視界には誰も入れない。
「ハイッ!!いけレイジーーーーーーーー!!!」
レイジに2足伸ばしてもらっていたから、ギリギリでバトンが渡った。
ただ、イメージは悪くない。減速は一切させなかった。
パワーに満ちた走りをストレートで披露する。
問題なくカイに繋がる。
他の追随を感じさせない。
最高のレースパターンだ。
そして、カイからトオルだ。
遠くから観るから分かりずらかった。
少し詰まっている?トオルは少し減速してバトンを受け取る。
他のチームとの差が埋まり、水上館高校が抜けた。
トオルが必死に追う。
しかし、藍川セイゴは41.50でフィニッシュタイマーを止めていた。
名東高校は二着だということが分かった。
その差は大きかった。
電光掲示板には42.02と名東高校の記録が表示された。
名東高校記録が誕生したのだ。
初出場の高校が準優勝した。
奇跡でもまぐれでも何でもない。
現状を変えたいという意志と現状を変えられないという恐怖によって行動した結果だった。
優勝できなかった悔しさより、チームで準優勝した嬉しさの方が何百倍も大きかった。