新人戦が終わって最初の月曜日。
日中は暑いけど、登校するときは秋風が吹き始めていた。
激戦の後の静けさを感じながら、学校に向かう。
点滅した信号で止まり、心の穏やかさを感じる。
思い返せば、あれほどあっという間に終わった一日は無かった。
リレー準優勝の表彰式は忘れない。
表彰台に登った瞬間、写真を撮っていたのは名東高校関係者と一部の物好きな陸上ファンだけだった。
他の熱心な高校と比べたら、人数は圧倒的に少なかった。
逆に存在感をアピールできたかな。
真波先生は学校サイドから賞賛の電話が、先生たちから届いているとのことだ。
信号が緑色に見える青色に変わる。
「おはよう!トモヤくん!新人戦お疲れ様」
後ろから島本さんが元気よく走ってきた。
俺は漕ぎ出そうとした自転車から降りて、歩いて学校まで行くという選択肢を取る。
「今日はどんな練習するの?」
「ミーティングだけだよ、練習は明日からだね」
新人戦の反省会をする予定だ。
だから、今日は朝練も無しでゆっくり学校に行く。
「新人戦楽しかったね!私、陸上ってあんなに盛り上がるスポーツだって知らなかった。ただ走るだけのスポーツだと思ってた!」
それで半分以上正解だと思った。
ただ、陸上競技はチーム競技だ。
個人の役割が明確化されている分、個人競技だと認識されることが多い。
しかし、明確化されているからこそ、チームへの貢献度や還元率が団体競技としての配点になる。
まぁただスポーツを観戦する立場からしてみたら、個人競技のジャンルでも構わない。
「久しぶりに試合に出てみたけど、やっぱりみんなで走ることは楽しいし、名東高校で良かったと思えたよ」
「私もマネージャーとして役に立てるようにするね!」
「リレーの準優勝はチームの準優勝だと思ってるよ、だから島本さんも準優勝ってこと」
マネージャーには本当に感謝している。
人間は一人では生きていけないように、多くの人と関わり合って、未来を創造する。
そう考えたら、自分の人生のようで他人の人生でもある。
喜びや悲しみを共有できることが人間にできる特許のようなものだ。
だから、努力を共有したかった。チームで。
学校の授業なんてどうでもよかった。
早く部活動がしたい。
日中の日課を一瞬で終わらせて、昔使われていた理科準備室(名東高校陸上部の部室)に向かう。
「クラス中に陸上部の噂、広がってたよ!」
いつもナヨナヨしているカイが楽し気に部室で喋っている。
トオルと島本さんも部室に来て、全員が揃った。
真波先生が最後に部室に入ってくる。
「北信越新人戦なんだけど、本当に出なくていいの?」
「はい、俺たちで話し合って決めたことですから。圧倒的に足りていないスプリント要素をこの冬で叩き上げたいです。そのためには、この9月から本格的な冬季練習が必要になります。」
部室内は静まり返っていたが、意志と緊張が混在していた。
表彰式が終わって、みんなで話し合った。
なぜ優勝できなかったか?なぜ決勝でミスをしてしまったか?なぜ陸上競技は楽しいのか?
技術的なことから哲学的なことまで。
北信越新人戦に出ないのは、パフォーマンスでも見せかけでもない俺たちの意志だ。
今は目先の経験値より、長期的に観たインターハイ出場の方が大切だ。
そのために今できることは、個々のスキルアップ。
元々、富山県新人戦は今の名東高校のポジションと目標を探すための大会だった。
そして、その役割は十分に果たせた。
「なるほどね、それじゃエントリーはしないでおくね。みんなが決めたことだから俺は反対できないよ」
真波先生は選手の意見を率直に反映してくれた。
「俺は新人戦で大幅に自己ベストを更新できた。そして、今年の目標もクリアできた。だから、来年に向けて動き出したい」
トオルは現状を確認して、自己成長を認めるとともに、来年を見据えていた。
「先生、俺とカイは記録会に出たいです。出させてください!」
レイジがそう言った。
確かに、正式なタイムを持っていない二人には努力する基準が無かった。
「うーん、いいよ!10月の頭に記録会あるからそれに出よっか!」
2週間後の記録会にレイジとカイが出場することが決まった。
当日エントリータイプだから、ラフな大会になるがちょうどいいだろう。
来シーズンに向けての胎動が始まる。。。