快晴の今日は男子100mの予選だ。
スタジアムの手すりには数えきれないほどの高校名が入った弾幕。
ゴール付近には多くの報道陣が取り囲む。
ミネラルウォーターのキャップを開けて、冷たい水を口に含む。
ベンチの横にはボトルホルダーがあるタイプのスタンドだ。
風はほぼ無風で条件としては悪くない。
高校生の全国大会は選手にドリンクが無料で配られるらしい。
びっくりだ。
入場料の1,000円を払った俺とは大違いの待遇だ。
あの日。インターハイへの切符を掴むことができなかった。
北信越総体のリレー準決勝は激しい雨の中で行われた。
スタートでの脚の軌道に問題はなかった。
70m付近、遠心力で外に引っ張られた右足のハムストリングに断裂音が走った。
俺は外のレーンに投げ出されるように転倒する。
地面が反発するように水しぶきを上げながら。
名東高校以外の全てのチームでバトンが渡る中、俺はほふく前進をするようにレイジに向かっていた。
地面が冷たい。
目から感情が流れ落ちる。
本来なら立って歩きだせばいい。
でも、その判断ができなかった。
腕は転倒した時に怪我をしてアザと切り傷でいっぱいだ。
打撲した部分は内出血している。
レイジまで遠い。
残り15mくらい。
どれだけ傷ついてもバトンだけは離さなかった。
もうすべてのチームはゴールし終えているだろう。
スタンドからの歓声でそれが理解できた。
腕力だけで全体重を移動させるように、自分の走るレーンに戻りながら次の走者を目指す。
とっくに失格だってことは分かっている。
ただ必死に俺のことを呼ぶレイジ。
その勢いに審判員はレースを止められなかったのだろう。
あと5mのところで、虚ろな俺が持っているバトンに手を伸ばすレイジ。
そして、俺から奪うように取って走っていった。
「よかった、バトンが渡った。」
陸上の神様は本当にいたんだ。
俺に駆け抜ける勇気をくれた。
そして、今日はインターハイを決めたレイジ、トオル、カイの応援だ。
とても清々しい気持ちで彼らに全力のエールを送る。
川草さん、島本さん、真波先生と一緒だ。
陸上競技は個人競技。
それは勉強も会社も新しい事業も同じ。
でも、孤独にはシンクロニシティってのがあって、ちゃんと努力していたら、それを認めてくれる人が必ず現れてくれる。
これから長い人生が【あっという間】という速度で流れていく。
それをどうやって使うかは自分次第だ。
俺は今、スタンドから男子100mの予選を応援している。
インターハイは出れなかったけど、達成感は人一倍あった。
来年は絶対に出てやる。
人生に失敗があるとすれば、それは挑戦を諦めることだ。
挑戦し続ける限り、データが蓄積されて、必ず成功に向かう。
逆に言ったら、蓄積さえたデータ量が一定の値を超えたときに、成功判定が出る。
今のあなたの人生はあなたのモノか?
今のあなたの将来はあなたのモノか?
今のあなたの目標はあなたのモノか?
俺は諦めない。
挑戦するすべての人のために。
今だけでいいから駆け抜ける勇気をください。
完結。
『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』55.Please give me the courage to run through just now