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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』6.突然の出会いと突然の出来事

意識している選手が同じ組にいると、好奇心が湧くのか、嫌悪感が生まれるのか。

 

俺はどちらでもない。

 

自分の身体が持っている潜在能力をどこまで引き上げられるかを単純に知りたい。

 

そのためにライバルの使用は認められている。

 

よって好機だ。

 

準決勝を一着で通過するためにはベストで決勝に進むしかないだろう。

 

「10.81は意識しなくていいよ、簡単に更新できるからね」

 

山谷先生はいい意味で信頼を寄せてくれている。

 

もちろん緊張はしている。いつもより表情は硬かっただろう。

 

ただそれ以上に、まだ出逢ったことのない自分に出逢いたい。

 

その一心で次のレースを待っていた。

 

身体を冷やさないように汗をぬぐい、着替える。

 

身体も気持ちも向いている方向はすでに同じだ。

 

あとは観ている人に楽しんでもらうだけ。

 

軽いドリル動作を空いているコンクリートで行い、リラックスする。

 

「山谷先生!招集に行ってきます!」

 

晴れた顔で先生に0次招集をする。

 

「上で観ている」

 

アドバイスはそれだけだった。それ以外必要なかったのだろう。

 

招集場所に行くと、24名が座るための個数の長椅子が用意されていた。

 

いよいよ準決勝だという雰囲気が、周りの静けさから感じ取れる。

 

藍川セイゴの姿はまだない。

 

周りは自己ベスト10秒台や当日の予選でベストを更新してきている選手がほとんどだろう。

 

ただ、そこまで周りのタイムにこだわりを持っていない俺はカバンから取り出したシトリックアミノを飲む。

 

口に広がるクエン酸を水で流し込む。俺の相棒サプリだ。

 

落ち着いた会場内。種目は行われていないのだろう。

 

「えー男子100m準決勝の最終コールを行います」

次々と並び出す選手の列の後ろに藍川セイゴの姿が見える。

 

俺は自分のペースで腰ゼッケンを付けていると、

 

「初めまして、、、じゃないけど、よろしくね。」

 

向こうの方から、突然のあいさつ。

 

「う、うん。よろしく」

 

どことない余裕を漂わせながら、7レーンの腰ゼッケンを手にしていた。

 

疎外感すら感じていた競技場に、少しの温かみを感じた。

 

だからこそ負けられない。

 

俺は立ち上がり予選と同じ要領で招集を済ませると、空きスペースで神経系の素早い動きをして出発の機を待った。

焦燥があるわけではないが、とにかく早くスタートの合図を聴きたかった。

 

それだけ今の自分に自信があった。

 

男子100m準決勝の引率係が集合をかける。

 

24名に絞られた集団には一人一人の意志が感じられる。

 

レベルはかなり高くなるはずだ。

 

俺を含む一組目が列を作る。

 

トラック内では競技は行われておらず、会場は100mというエンターテイメントを待ちわびているようだ。

 

遠回りをして最終コール場所に着く。

 

少し冷たさを感じる木製の長椅子に腰掛けると、袋からスパイクを取り出す。

 

全国大会の運営はとてもスムーズだ。

 

定刻通りにスタートの合図が鳴ることは意外と多くはない。

 

スパイクの紐をキツく結び、足首のベルトを締める。15分後には雷管が鳴る。

 

欠場者はいない。

最高のシチュエーションだ。

 

風は若干の追い風が続いているグランドコンディション。

 

適度な期待と適度な緊張。

 

残り5分。

 

グッと自分の世界に入り込む。

 

視界をゴールだけに集中させる。

 

後は身体が自動的に動いてくれる。

 

「それでは一組目の選手はスタート練習をして下さい。」

 

役員の合図で各レーンに着く。

 

スターティングブロックを自分の位置に修正する動作を予選と全く同じように行った。

 

20mのダッシュ。

 

いい感覚だ。

 

これから先は難解な理論や利口な論争はない。

 

単純に誰が100mを速く走り切れるか?

 

これに尽きる。

 

大きく深呼吸をして、スタートに集中する。

 

動作は銃声とともに動き出していた。

 

スタートで先行した俺は当然トップだ。

 

60mの時点で後続を引き離している。

 

藍川セイゴの姿も見えない。

 

「10.75」

 

速報が表示された。

 

+0.3

 

走り切った俺は後ろを振り向き、それを確認する。

 

大型ビジョンに映し出されたのは、

「1着 夏木トモヤ 10.73」

 

大幅ベストの更新だ。

 

山谷先生は拍手をして喜んでいた。

 

俺は感情を抑え、次のレースの準備をしようと競技場を出ようとした。

 

医務室の方から担架を持った救護班。

 

視線の先には藍川セイゴ。

 

独りで立てる状態ではなかった。

 

会場は騒然としている。

 

今大会の主役級の演者がまさかのアクシデント。

 

彼は担架を拒み、救護班の肩を借りて、俺の方に這ってきた。

 

「優勝期待してるよ」

 

そう俺に言って、医務室の方に消えていった。

 

感情エネルギーの行き場がなくなった会場とは裏腹に、無情にも競技は続けられる。

 

初めての体験に対して、驚きを表情ににじませながら、山谷先生が待つ補助競技場に向かった。

 

自己ベストで決勝を迎えられる。

 

今はこの大会に集中しよう。

 

終わったら藍川セイゴに会いに行こう。

 

後は決勝だけだ。彼の分まで走ろう。

 

 

話しが長くなってしまったね。

 

大丈夫。次で昔話はちゃんと終わりにするよ。

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』7.閉ざされた未来

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』5.ライバル