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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』11.ラーメン

県立名東高校の入学が決まった3月下旬。

 

ランニングシューズを新調した。

 

人生は不思議なものだとつくづく実感する。

 

約半年の間、競技から距離を置いてきた。

 

その距離が詰まったのは、一瞬の出来事。

 

藍川セイゴの存在だ。

 

人生に衝撃を与えるものだった。

 

絶望のどん底にいた自分が、同じ境遇を抱えている選手に勇気をもらったのだ。

 

時が心を癒すというが、本質はそこじゃない。

 

その時の中で起こった出来事の数々が心を癒すのだ。

 

俺で言うライバルの存在。

 

春の風が香る商店街。

 

礼儀正しく並んだ木々はどこか、優しい音を立ててこちらを見ている。

 

売れない八百屋、売れない本屋、売れない眼鏡屋。

 

活気がない商店街はさみしさを感じるが、お店には温かい人情が売られている。

 

人も同じで外見では何も判断できない。

 

本当に大切なことはその本質を見抜くこと。

 

そういった意味では、俺はライバルに見抜かれていたのかな。

 

商店街の細い近道を通り抜ける。

 

たぶん俺だけの近道。

 

人通りはほぼ皆無なのだ。

オリジナリティを押し殺す現代社会で、自分の意志で行動を興すことは難しい。

 

責めて自分の道くらい自分で選びたいものだという気持ちを込めて、この近道を採用している。

 

そして、自転車に乗ったまま中学校に向かう。

 

商店街を抜けて、大きな橋を渡った向こう側にある母校。

 

その橋は全長130mくらいある。

 

風に煽られながら、スピードを加速させて、体幹を維持する。

 

橋から見える川の風景は変わらない。

 

この道も、もう通うことがないと思うと、少しばかり後悔が残る。

 

その後悔は明白だ。

自分のやりたいことに向き合えなかった半年間。

 

必ず取り返して見せる。

 

中学校に着くと自転車置き場では、待ち合わせしていたレイジがいた。

 

「トモヤ!待ったぜ!2分遅刻だ」

 

まだオフシーズンなので、時間にはルーズでいたい。

 

グランドの隅のベンチには山谷先生が座って生徒を見ている。

 

「俺は練習に付き合うだけだぜ」

 

「それでいいよ」

 

心の中ではレイジを新設陸上部に勧誘するつもりだ。

 

そのために陸上競技の練習を覚えてもらうだけだ。

 

しかし、レイジはスポーツを続けてくれるのだろうか。今は考えても仕方ない。

 

「山谷先生おはようございます」

 

「トモヤが高校で競技を続けると聞いて、嬉しかったよ。入学までの期間、しっかり練習していってくれ。」

 

下級生に混ざってウォーミングアップを始める。もちろんレイジも。

 

「俺、なんか邪魔になってない?」

 

「いや、お前が必要なんだよ?」

 

お互いのはてなマークがぶつかり合う。

 

今日の練習は動き造りとミニハードルを使ったバウンディングだ。

 

レイジはそれを器用にこなしていった。

 

やはりサッカー部のフットワークは目を見張るものがある。

 

山谷先生のアドバイスをもらいながら、感覚を少しずつ10秒台の自分に擦り合わせていく。

 

レイジもしょうがなくその話しを聞いているようだった。一番真剣に聞いてほしいのだが。

 

練習が終わって、山谷先生がニコッと笑って

「また二人で来ておくれ」

 

二人でお礼を言って、グランド整備を後輩に任せて先に帰らせてもらった。

 

「ラーメンいかね?九龍の」

 

俺はラーメン屋でレイジに思いを伝えようと考えている。

 

バトンをつないでほしいと。

 

もし女の子に告白する場所をラーメン屋にするとしたら、それは目を当てられない結果が待っていると思う。

 

しかし、だからこそ、いつも行っているラーメン屋で、いつもと変わらない気持ちを伝えたい。

 

実際は最近変わって、陸上をしているのだが。

 

レイジは俺の言葉に耳を傾けてくれるのかと少し緊張する。

 

自転車を軋ませて、活気のない商店街の一角にある小汚いラーメン屋に入る。

 

席はガラついていて、脂っぽいテーブルに着く。

 

ぬるい水が店主から無言で渡される。

 

いい人には違いないが、もう少し工夫すれば売り上げも上がるのでは?という疑問を心に抱きつつ、

 

「600円のラーメン2つください」

 

「はいよー」

 

気怠そうな返事を残して、厨房に入っていく。

 

ただこんな雰囲気だったから、俺たちは入りやすかった。

 

堅苦しさがない分。

 

注文してすぐにアツアツの器が手渡される。

 

超オーソドックスなラーメンだ。

 

ここまでシンプルなラーメンは他にないだろう。

 

スープをすすり、舌をヤケドする。

 

「トモヤ、なんでまた陸上しようと思ったんだ?」

 

「負けたくないライバルがいることを思い出したんだよ」

 

質問しておいて、俺の話しはそっちのけでラーメンを食べるレイジ。

 

「で、何で俺が練習付き合ってるんだ?」

 

核心に迫るような質問を突き付けられる。

 

ここで言うべきなのか??

 

いや、言うしかない。

頼むレイジ!と心を深いところまで押し殺しながら。

 

「一緒に走ってほしい。どうしても負けたくないんだ。個人でもリレーでも!」

 

レイジは途中まで口に入れていた麺を噛みちぎる。

 

そして、目線を上げて水を飲む。

 

「なるほどねーだから俺に陸上を教えようとしてる訳ね。サッカー部も陸上部もない名東高校に陸上部を創ろうってことね」

 

これはダメなパターンなのかと、俺はスープを飲んでまたヤケド。

 

レイジの父親は医者でそれを継ぐことはもう決まっている。

 

だから、スポーツは中学校までなのだ。

 

それには何となく気づいていた。

 

本当はサッカーも続けたいはずだ。

 

俺は自分の独りよがりで親友を他のスポーツに勧誘してしまったのだ。

 

言葉を発した瞬間、なんて自己中な奴だと自分を戒める。

 

「面白そうじゃん、やろう!」

 

???????

 

「へ?」

 

「2年生まで陸上やるよ!お前が部活を創って、俺たちでそのライバルを倒すんだろ?父親には俺から伝えておくよ、やろう!」

 

こんなに情に厚いやつだったとはその時まで、思っていなかったことを反省しています。

 

いつにもなく塩っ気が強いと感じたラーメンは、やっぱり美味しい。

 

あと2人のリレーメンバーは入学してから探そう。

 

少しずつ形になってきた。

 

必ず変えてみせる。

 

過去が必要だったと、未来で証明するために。

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