受験が終わり、気付いたら河川敷をジョギングしていた。
春の風が少し暖かく感じる季節。
不揃いな小石が敷き詰められた整備されていない道はどこか自分に似ている。
どこを走っているか分からない。
それが分かる術がない。
合格発表までの少しの間、何をしたらいいか分からなかった。
たぶん映画に行ったり、カラオケに行ったり、友だちとワイワイしたりすることが通例だろう。
そんな気持ちにはなれなかった。
あの時、藍川セイゴは確かに走っていた。
今の俺とは明らかに違うスピードで。
ベストタイムこそ俺の方が上だが、あいつは確実に成長している。
競技に一線を引いた人間が他人の動向を気にしても、そこに生産性はない。
誰もそんなことに興味はないのだ。
そして、俺も藍川セイゴが今後どうなろうと興味はない。
ただ、今は合格までの期間をどう過ごそうか考えた時、ふと走ってみたくなっただけの台風一過だ。
もやもやした気分は外に出て、ジョギングしたら晴れるのではないかと思った。
3km走ったところで、屋根のある公園で一休み。
カラッとした晴天に少し汗がにじむ。
足元で蟻が列を作っている。
蟻は仕事が一貫している。
餌を見つけて巣に運ぶことだ。
そのために一日中、休むことなく働いている。
そう考えると人間の燃費の悪さは異常だよね。
悩んで苦しんで、それでも前に進もうとする人としない人。
前を見ていられるだけの人生ならどんなけ幸せなことだろうか。
チープな水道の蛇口を大きくひねり、大量の水分で顔を洗う。
空を見上げて、
「何してんだ俺?本当は走りたいのか俺?」
音にならないような声で喉を震わせた。
顔を濡らしたまま、再び走り出した。
スピードを上げた。
もっと上げた。
接地時間がどんどん短くなる。
風切り音を聴いて、まだ加速できると感じた。
それは鼓膜を振動させ、脳に「可能性」というワードを突き付けた。
覚えていない。
たぶん150mくらい疾走したと思う。
意識が戻ったら、両膝に両手を着いて、息を切らす。
痛みはなかった。あの時のような。
顎の先から流れ落ちる汗。
砂利道にその水滴は吸収される。
世界が拓けたような感覚に戸惑いながら、気持ちを抑える。
「できるじゃん!」
心の中で大きな声を出す。
河川敷の川につながる階段で心と体を休める。
今にも折れてしまいそうな釣り竿で、魚を釣っている漁師?いや、一般人。
晴天の霹靂だった。
半年ぶりに走ったことが。
今までずっと変わってなかった走りたい気持ち。
そして、狭くなった視界に窮屈さを感じていた事実。
総てが回想されたスプリントは綺麗に整備されたトラックではなく、大勢の人間が踏み固めた荒れた道で静かに行われた。
何のために、悩んで苦しんで、何と戦ってきたのだろう。
その答えは「弱い自分の存在」だ。
川の流れは穏やかで、そこに心が映され、冷静さを取り戻す。
何も難しい話しではなかった。
自分が自分を自分で創った檻に入れていただけなのだから。
あの時の痛みは今も覚えている。
乗り越えられなかった。
その痛みから逃げるしかなかった。
俺のライバルは今も第一線で戦っている。
居場所をなくした俺よりずっと遠くで、そのポジションを巡って戦っている。
結局は自分で居場所を放棄していたのだ。
いつも後悔は自分の中にある。
立ち上がって、川へ視線を向けてから遠くの空を見る。
自然の存在感を感じる。
あいつの存在と似ているな。
15時の合格発表開示のために家に帰ることにした。
ウェブで公式ページから合否が見られるのだ。
帰路は少し速いペースのジョギングで帰った。
家に着くとすぐにお風呂に入った。
なんとなく体を洗ってから、パソコンに向かいたかった。
母さんはいつにもなく落ち着きがない。
「大丈夫よね?」
「大丈夫だよ」
それ以上の会話に意味はない。
そして、5分前。
県立名東高校のウェブサイトはサーバーダウン寸前だっただろう。
固まっている。
定刻の時間になったものの、動かなくなってしまったので、昼寝することにした。
気付いたら19時になっていた。
久しぶりに走ったのでぐっすり寝てしまったのだろうか。
母さんは俺のことを起こさなかった。晩ごはんの支度をしていたのだ。
「トモヤが寝てから、レイジ君から電話あったよ。合格したんだって!」
ヤケに嬉しそうに言葉を槍のように投げてきた。
合格発表が今日だということも、昼寝のおかげで忘れていた。
俺は冷めきったオンラインにログイン。
レスポンスが早く感じた。
受験番号を入力してエンター。
【受験番号0126様。合格おめでとうございます】
無事に合格した。
後から知ったのだが、実は母さんは俺が昼寝に行ってからコッソリ合否を見ていたらしい。
そこに関しては、日ごろの感謝を込めて何も言わない。
春から陸上部のない高校に進学する。
そして、春から名東高校の陸上部創立メンバーだ!