『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』16.初めての県総体 | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』16.初めての県総体

夏の日差しが少しずつ強くなる5月下旬。

 

トレーニングも完成した河川敷グランドでできるようになった。

 

ラインを引き、整備されて、踏み固められた土壌は反発が返ってくるようになっていた。

 

不思議なものだ。

 

初めは何の疑問も感じていなかったごく普通の河川敷に疑問を抱いて、そこにグランドを造ったのだ。

 

河川敷の草むらに俺たちは疑問を抱いたのだ。

 

ここで練習したいと本気で思った。

 

正直、専門家やその道のエキスパートがもし、顧問に就いていたら、こんなナンセンスな選択肢をわざわざ指差していなかっただろう。

 

素人たちがいて、それを監督するリーダーがいて、この決断に至った。

 

なぜ河川敷に?

 

って聞かれたら、おそらく誰も答えられないだろう。

 

根拠なんてなかった。

 

まず何かしらの根拠があったら、こんな場所にグランド建設案など誰も立案しない。

 

ただ今あるのは

 

「市の了解を得て、本気でここにグランドを造ってよかった」

 

という自信だ。

 

何かアクションを起こす際に、根拠より、こんなことができたら面白いだろうなという、グラついた確固たる理想だ。

 

そこにスタートダッシュという力学を加えることで、プロジェクトは一つの方向に向かって進んでいく。

 

だから立派なグランドが完成したし、これ以上のグランドは造れないだろうと本気で思える。

 

お金をかけたらもっと見栄えのいいのは出来ていたかもしれないけど、名東高校陸上部の汗が染み込んだ土には勝てないんじゃないかな?

 

夢なんてボヤけていていいと思う。

 

その雲をかき分けて、進んでいるか判らない道のりを進んでいくんだ。

 

気づいたら後ろに道ができていて、戻っちゃダメな道筋が解るようになる。

 

そんなこんなでできたグランドには無限の価値が付いているのだと、俺たちは胸を張って言葉にできる。

 

「真波先生ありがとうございます!」

 

今日の練習は午前中で終わりの50m×3×3だ。

 

そして、それが終わった。

 

レイジもカイも基礎ベースが少しずつできてきて、俺のスピードに順応している。

 

俺自身も過去の怪我を感じないくらいに走れるようにはなってきている。

 

秋の新人戦にはなんとか形になりそうだ。

 

もともとスポーツをやってきた2人はやはり、乾いた砂漠の砂のように走ることの全てを吸収している。

 

純粋さこそが成長の秘訣。

 

それに漬け込む汚い大人もいるけれど、それは社会に出てからのお楽しみ。

 

この物語の作者はたくさん騙されて裏切られてきている人だから、温かい目で見てあげてほしい。

 

おかげで『陸上競技しか俺にはない』と思えるようになったのだから、痛いけど、それはそれで救われていると思う。

 

話しを戻そう。

 

午前練習が終わって、名東高校陸上部は県総体を真波先生の車で観に行く。

 

ちょうど2日目の400mリレー(ヨンケー)の決勝がある日程だ。

 

この県総体という大会は上位6名に入ると、次の北信越総体に進める。

 

そこでも上位6名に入ると目標のインターハイだ。

 

リレーも上位6チームの制度は同じである。

 

つまり県総体が富山県大会ということだ。




そういえば藍川セイゴもでているのかな?

 

チームや自分のことでいっぱいになっていて、外のことが何も分からない。

 

富山県総合運動公園には車で20分くらいだ。

 

途中、コンビニに寄ってみんなで昼ご飯を買う。

 

俺は対好きなコロッケパンを買う。

 

コッペパンにスクランブルエッグとコロッケが挟まって120円というコストパフォーマンスに魅了されていつも手が伸びる。

 

レイジは会計を済ませて、

 

「先生!車でペヤング食べていい?」

 

「いや、もうすぐ着くから我慢してくれ!」

 

車内での食テロは厳禁だ。

 

 

とりあえずお湯だけ入れて、移動することになった。

 

車が揺れるたびに、水が飛び出しそうなペヤングソース焼きそばを絶妙にキープして競技場に着いた。

 

草木にお湯を捨てるレイジ。

 

よほどお腹が空いていたのだろう。

 

勢いよくソースを投入。

 

熱々の状態をすすり込む。

 

競技場の外のベンチに移動して、みんなで昼ご飯を食べる。

 

まさに弱小高校の優雅な昼食だ。

 

高校のジャージもTシャツもないので、誰も名東高校だと分からないだろう。

 

そういえばユニフォームとかも作らないといけないな。

 

100mの準決勝まであと2時間くらいある。

 

ゆっくりご飯を食べてから、久しぶりに競技場の雰囲気を味わいたい。

 

初めて陸上競技場に来たレイジとカイは少し緊張している。

 

先生はいつも通りだ。

 

ペヤングを食べて、コーラを飲み干す。

 

病的な食事だ。

 

しかし、これがモチベーションだとレイジは語ってのけた。

 

俺とレイジはトイレに向かう。

 

「すぐに戻ってきます!」

 

スロープを登って会場の空気感を身体に覚えさせる。

 

「いつもここで走ってたんだぜ?結構大きいだろ?」

 

レイジは軽くうなずく。

 

「なんか陸上って団体競技だよなー」

 

レイジからそんな言葉が出るなんて思ってもみなかった。

 

「試合に出る人と試合に出ない人、それぞれに明確な役割がある。これってチームがあるから与えられることだよな」

 

それはどのスポーツも共通だ。

 

一つ一つの大小様々な歯車がかみ合って、レースが行われる。

 

もしかしたら、その歯車がパフォーマンスに関係するかもしれない。

 

そして、今まで練習をずっと一緒にやってきた仲間のために走れる。

 

陸上競技を団体競技と呼ばずして、何を団体競技と呼ぶのだろうか。

 

その魅力に気づいているレイジの成長スピードはこれからも加速し続けると思う。

 

「レイジ、絶対に優勝しような」

 

さっきより、大きくうなずくレイジ。

 

遠くから付き添うを2人連れて歩いてくる誰か。

 

独特の間合い。逆光で顔が見えない。

 

ただ他の選手とは違う雰囲気を纏い、それを醸し出している。

 

「久しぶり夏木トモヤくん、レースには出ないの?」

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』17.檻の中で探していたチーズ

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』15.河川敷にて