『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』19.練習の本質と成長 | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』19.練習の本質と成長

100m×10×3

 

このメニューを6月中の固定メニューにした。

 

と言っても週に3回行うだけだが。

 

俺以外は全員素人の集団だから、まずは何が必要で、何が足りないのかを100mの区間内から洗い出す。

 

シーズン中に行うようなメニューでないことは重々承知している。

 

しかし、結果を出すためには常識の範囲外から適切な選択肢を選び取る必要があるのも真波先生は教えてくれた。

 

教員の中でも異彩を放っていた。

 

常識を教えるはずの先生という存在が常識を嫌うって。

 

真波先生を見ていると、指導者に不必要なスキルは知識や経験なのではないかと思わされる。

 

知識や経験は成功方法を伝えるものではない。

 

選手に失敗させるためのモノだ。

 

人は成功に憧れるが、憧れから得られる学びは多くない。

 

人は完璧に他人にはなれないし、その憧れの他人も自分のようになってほしいなんて思っていない。

 

レイジとカイにこのメニューを熱意をもって伝えたら理解してくれた。




というよりも、練習メニューに対して先入観がなかったので、まずメニュー内容より、そのメニューの意図を聴きたがっていた。

 

詰まるところ、レイジとカイは何をしたらいいのかということにあまり興味がなかったのだ。

 

「陸上の練習メニューとか知ってる?」

 

俺は2人に聞いてみた。

 

「俺らが知るわけないじゃん!何をやれば速くなるなんて分からない」

 

レイジが半笑いで言った。間違ってない。

 

「知りたいことはどうやったら速く走れるかなんだよねー」

 

カイが核心に迫る。間違ってない。

 

大切なのは素直さだ。

 

知識や経験は目的意識を阻害する要因にもなりうることは先生が言っていた。

 

この2人には速くなるための本質を知っていてほしかった。




「トモヤはどうやって速くなったんだよ?」

 

レイジが部室でハーフパンツに着替えながら問いかける。

 

「とりあえず俺も何も分からなかった。だから、すぐに行動したんだ。走り込んでトッププレイヤーとの違いを洗い出した。そこから相違点をひたすら修正していったんだ。」

 

「なんだ簡単じゃん。ただの間違い探しじゃん!」

 

中学は鬼ごっこしかしてこなかったカイがやる気マックスで答えた。

 

6月に入って雨が多くなったが、水捌けの良い河川敷のグランドでは、キッチリ週3で走り込むことができている。

 

互いに指摘し合いながら、風が強い日も雨の日も、時折橋の下に隠れながらも泥まみれになって練習した。

 

増水して、グランドまで水かさが迫ってくる大荒れの日も何度かあった。

 

それらの経験がたまらなく幸せだった。

 

最初の方は脚がもつれて転倒することもあったが、6月が終わるころにはしっかり脚ができてきた。

 

先生は何かアドバイスするわけでもなく、ただボーッと川を観たり、走る姿を観ているだけだ。

 

このメニューで、自分の知らない部分を知ることができた。

 

今まで、いかに自分を知ろうとしていなかったかに気付かされる日々だった。

 

スポーツとは自分を知ることだと思えた。

 

成功から得られることは感情的なことが多い。

 

失敗から得られることは具体的なことが多い。

 

今の名東高校陸上部に必要なことは具体性だ。

 

具体的に自分たちを知るということが、競技力の向上に繋がっていくのだ。

 

レイジやカイも必死になって、失敗を繰り返しながら、自分の課題を見つけ出していった。

 

たった100m走るだけなのに。




何のアレンジもスパイスも加えていないグランドでの100m。

 

みんな今ある自分の走りが常識だと思っている。

 

自分を知らないから、速く走ろうと思えなかったのだ。

 

何をするかよりも、まずは挑戦と失敗を受け入れて、そこから課題を拾い集めること。

 

練習メニューなんてシンプルでいいのだ。

 

そこで得た課題から適切なメニューを選択できるようになるまでは。

 

「毎日、課題が見つかるんだけどどうしたらいいかな?」

 

カイが不安そうに言った。

 

「それが成長しているってことだよ!」

 

レイジがそれに適切な答えを投げかける。

 

チームとして機能してきた。

 

俺のワガママで集まったチームに感謝しかない。

 

6月のトレーニングが終わる最終日、先生は、

 

「忘れてたけど、新人戦のエントリーもうすぐで始まるから、あと1人適当に探しといてね!リレー出れないよー」

 

全員の顔が漫画のように青くなった。

 

ある晴れた日の日曜日のこと。

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