『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』23.結成 | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』23.結成

7月の中旬で梅雨が明け、本格的な暑さを感じる。

 

そんな中、行われる新入部員による新入部員のための新入部員選考レース。

 

俺は緊張と興奮に耐えていた。

 

スターターとはここまで責任の重い仕事なのかとまざまざと知らしめられた。

 

3人はピタッと静止して、まるで動かないアメンボのようだ。

 

この静寂は俺が支配している。

 

そして、この数秒間を利用していつでも切り裂けるのだ。

 

今だ!!

 

勢いよく両手を打ち鳴らす。

 

アメンボが水面を弾くように、鮮烈なスタートダッシュ。

 

前半はややレイジがリード。

 

前半と言っても開始20mだ。

 

すぐにトオルが前に出た。

 

カイはスピードに追い付いていない。

 

しかし、走り自体にブレはない。まだレースは分からない。

 

というより始まったばかりだ。

 

地面が反発を受けてえぐられる。

 

レイジが再加速して40m地点でもう一度、トオルに並ぶ。

 

リラックスしていたのはレース経験があるトオルの方だった。

 

ゴール手前ではすでに大きな差ができていた。

 

新入部員の圧勝。

 

もう新入部員ではないか。

 

名東高校陸上部は負けてしまったのだ。

 

「やっぱりトオルは速いんだねー」

 

島本さんは少し嬉しそうに駆け寄った。

 

「でも一瞬負けるかと思ったよ」

 

余裕でゴールしていたが、意外に謙虚な一言に驚いた。




「あーこれで新入部員もマネージャーもまた探し直しだね」

 

真波先生は残念そうに、河を眺めに階段の方に戻ろうとした。

 

その時、

 

「入りますよ、名東高校陸上部に!」

 

「マジで!?!?!?!?いいの!?」

 

レイジは切らせていた呼吸を必死に取り戻して言った。

 

ものすごい勢いでカイと喜ぶ。

 

俺は急いでゴール地点に向かい、歓喜の理由をすぐに知ることができた。

 

「本当に入部してくれるの?」

 

「夏木トモヤを越えることが俺の目標だったからね。2人には悪かったけど、もともと入部するつもりだったよ」

 

期末テストなんてどうでもよくなった。

 

中学時代、トオルは試合に出ることは少なかったが、人一倍努力するタイプだったそうだ。

 

ただ、俺と一緒でケガに苦しんだシーズンが続いたらしい。

 

中学生という身体が十分に完成していない時期に、高速ピッチで走ると、思うような動きをすることは難しい。

 

その弊害を受けたのであろう。

 

怪我は競技人生のすぐ近くにある存在だ。

 

しっかり身体を造ってから走りたいと心の底から思っている。

 

真波先生は状況を察して、

 

「名東高校陸上部ついに結成だね!今日は部室で歓迎会にしよう!」

 

まだ練習時間には余裕があったが、300m+100mをレスト1分で行う締め練だけして、部室に戻ることにした。

 

俺は自分の大好きな陸上競技に、他の選手を巻き込んでしまったと昔は思っていた。




しかし、今は違う。

 

それぞれの選手が自分の目標に向かって楽しんでいる。

 

ただの思い付きで創設した陸上部が少しずつカタチになってきている。

 

俺は真波先生と並んで、5mくらい先にいるカイ、レイジ、トオル、島本さんの列を見て、

 

「先生ありがとうございます。自分でもこんなにできるなんて思ってなかったです。先生のおかげです。」

 

真波先生は照れ臭そうにする。

 

「先生って立場は生徒にモノを教える立場じゃないんだよ。生徒の立案したプロジェクトを同じ目線で助力するコンサルタントだからね!」

 

どこまでいってもこの先生は天才だと思います。

 

真夏のど真ん中、太陽は少し傾いているがとても明るい。

 

来週は期末テストだというのに、なぜか不安は一切ない。

 

それに代わる何かが心を埋めてくれているからだろう。

 

名東高校陸上部の学校の片隅にある今では使われていない理科準備室の部室に幸せそうに向かう。

 

その準備室も真波先生が教頭に頭を下げて、陸上部の部室にしてくれた。

 

今では少し綺麗にして、歓迎会くらいはできそうだ。

 

途中でコンビニに立ち寄り、みんな好きな食べ物を1つずつ先生に買ってもらった。

 

島本さんは甘いものが好きでダースチョコ。

 

あとはペヤングやら、スーパーカップやら、サラダチキンやら、おにぎりせんべいやら、色々と買ってもらった。

 

今日だけは特別だ。




正式にリレーメンバーが揃った日だから。

 

部室に到着するとそれぞれが角ばった木製の椅子に座った。

 

狭い部室では少し窮屈かもしれないが、なんとなくちょうど良かった。

 

「改めて自己紹介お願いします!」

 

レイジは張り切って司会進行を請け負った。

 

少しめんどくさそうな雰囲気も流れる中、

 

「私は島本すみれです。あんまり陸上のことは分からないけど、マネージャーしてみたかったから入部しました!よろしくお願いします。」

 

島本さんが先陣を切って、トオルがそれに続く。

 

「石橋トオルって言います。呼び方はトオルでいいです。目標はトモヤを越えることで、リレーでは好きな走順を走らせてもらいます。」

 

かしこまった自己紹介が終わると、真波先生が、

 

「好きな走順っていったいどこ??」

 

確かにみんな気になっていると思う。

 

「それはもちろんアンカー」

 

このくらい気持ちが強い選手が入部してこないと張り合いがない。

 

これで最高のリレーメンバーが揃った。

 

そして、マネージャーも新たに加わって、新体制の部活動が始動する。

 

ということで、来週は期末テスト。

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