『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』22.部内選考レース | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』22.部内選考レース

期末テスト前に決まった突然の新入部員勧誘レース。

 

それは誰も予想していなかったことだろう。

 

そのレースに出場するのはレイジ、カイ、そして石橋トオル。

 

「ならグランドで勝負だな!やってやるよ!」

 

意外にもレイジとカイは楽しそうにしている。

 

グランドにいる真波先生が新しい選手とマネージャーを見たらびっくりするだろうな。

 

そんなことを思いながら、全員(島本さんは制服)トレーニングウェアに着替えて河川敷のグランドに向かう。

 

道中は異様な雰囲気が支配していた。

 

後から知ったのだが、石橋トオルは陸上経験があって記録は100m11.40らしい。

 

試合には殆ど出ておらず、趣味程度で競技をしていたそうだ。

 

レイジとカイは記録だけ見たら勝てない相手だ。

 

ただ4月から現在7月中旬まで、チームで取り組んできたことは決して無駄ではない。

 

インターハイ出場の目標はどのチームより強く意識していた。

 

確かに石橋くんは実力はあるが、陸上はそれだけではない。

 

河川敷のグランドで練習を積んでいる我々に地の利がある。

 

試合会場まではジョグで10分くらいのところにある。

 

と言っても手造りのグランドだが。

 

久しぶりに無言でグランドまで着いた。

 

真波先生はいつも通り河を眺めていた。




「先生、今日から入部するかもしれない石橋トオルくんとマネージャーの島本すみれさんです。」

 

キョトンとした面持ちで、

 

「するかもしれない?」

 

「そうなんです。」

 

先生に事情を説明したら大爆笑された。

 

「笑い事ではないと思うんですけど、、、」

 

「笑い事でしょ!レイジもカイもしっかりアップして負けないでね!」

 

そう言って2人に檄を飛ばす。

 

とりあえず名東高校流のアップをしようと思って、石橋くんを誘う。

 

「石橋くんそれじゃアップからいくね」

 

「トオルでいいよ。久しぶりに動くからお手柔らかに頼むねー」

 

物凄くラフな感覚でウォーミングアップがスタートした。

 

少しずつ距離を縮めていこう。

 

最悪、2人が負けたとしてもトオルには絶対に入部してもらうつもりだ。

 

絶対に。

 

千載一遇のチャンスにかけていた。

 

今日は試合の想定として体操まではチームで行って、その後は個人のフリーアップの時間を60分設けた。

 

想定外の出来事にも関わらず、アップはフリーなんて皮肉なものだ。

 

俺は先生と一緒にトオルの走りを観ていた。

 

「あんまり走ることとか分からないけど、なかなかいい走りしてるんじゃない?」

 

先生はそう言いながらiPhoneで撮影していた。

 

今後の練習に役立つようなデータ収集は怠っていない。

 

「そうですね、フォーム自体は綺麗だと思います。」

 

レイジとカイはほぼ初心者みたいなものだ。

 

フォームもまだ初心者走りがしっかり残っている。

 

走り込んでいるだけの走り方だとバレバレなくらいに。

 

しかし、今はそれでいい。




全く知らないレベルの高い選手と走ることで、何か自分に足りないものを発見してくれると信じている。

 

トオルはスパイクに履き替える。

 

このグランドを知っていたのか、土用のアンツーカーピンを持参している。

 

100mの流しを観ると、やはり走りが2人よりも仕上がっている。

 

おそらく受験中も練習していて、最近もしっかり走っているのだろう。

 

俺にはすぐに分かった。

 

走るセンスは誰にでも平等にあると思うが、トオルはそれ以上の資質を持っているかもしれない。

 

まだ入部するか分からない選手に対して、熱い気持ちが込み上げてきた。

 

2人は各自でアップを進めている。

 

いつもみんなで練習している時と同じようにルーティンに擬えたスタイルのアップ。

 

レイジは30mのダッシュを複数本やって、ピッチを上げていく。

 

カイは100mの流しをリラックスして2本走っていた。

 

みんなバラバラの方法で勝利に向けての布石を丁寧に打ち続ける。

 

たった一本の勝負。それも公式戦ではないのに。

 

それぞれの表情は真剣そのものだ。

 

俺としては現部員に勝ってほしい。

 

でも、それ以上にこのレースを観たいという感情が強かった。

 

客観的に観るレースでここまで面白さを感じられるレースは他にあっただろうか。

 

それだけチームメイトに思い入れがある。




そして、勝負の時だ。

 

「俺はいつでもいけるよ」

 

トオルはレースの開始を促す。

 

2人も準備万端だ。

 

このレースのルールはスタンディング60m走だ。

 

俺の合図で3人はスタートし、真波先生がゴールで順位を判定する。

 

風はほぼ無風で、条件としては申し分ない。

 

選考レース用に均しておいたレーンを使う。

 

各々が無言でスタートラインに立つ。

 

緊張が今にも爆発しそうだ。

 

肩の力を抜いて、前脚に9割の体重をかける。

 

フライングしてしまう寸前まで加重する。

 

3人がピタッと静止する。

 

島本さんも真波先生の横で、この独特の雰囲気を見守る。

 

いよいよ新しい選手が入部するかもしれない瞬間だ。

 

見逃せない。

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