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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』49.奇跡の瞬間

一年前は出れなかった大会に出れるということは、自分が成長したと証だと思う。

 

素直に喜ぶべき事実だ。

 

ピッチの独特のにおいや音。

 

風が肌に当たる感覚。

 

一度味わったことがあるようで、実は全く新しいものだ。

 

同じことが二度起こることはない。

 

そして、予選を通過した名東高校の3名のメンバーは準決勝に挑もうとしていた。

 

「みんな準決勝も頼んだよ!」

 

選手のアイシングをしながら、応援する島本さん。

 

やはり決勝という舞台は特別で、それを観たいと思っているということがひしひしと伝わってくる。

 

「コンディションは最高だから、驚かしてやるよ」

うつ伏せになりながらアイシングを受けるトオル。

 

体の表面的な熱だけを氷で刈り取る。

 

内面はしっかり温まった状態をキープ。

 

意外と準決勝まで時間がないとこもあり、アイシングが終わって招集所に向かう。

「そいえばまだスタートリスト知らないよね?」

 

ふと疑問に思った。

 

「あーコールの時確認すればいいだろ」

 

レイジはそう言ってレース自体に集中していた。

 

招集開始20分前。

 

男子100m準決勝のメンバーが集結している。

 

自分の組を確認する。

 

「1組5レーンか、、、あ、藍川セイゴも同じ組か。」

 

「準決勝より決勝だろトモヤ。」

 

後ろから小さな声でトオルがそう言った。

 

自分の感情でチームの目指しているゴールをブレさせてはいけない。

 

決勝だ、決勝。

 

全員でコールを済ませる。

 

スパイクや腰ゼッケンを係員に提示するのはいつも通りの作業となった。

 

その場所にはいたが藍川セイゴとは言葉を交わすことはなかった。

 

「また3人でこの場所に戻ってこよう」

 

みんな心で返事をする。

 

スタートラインに立つ前に多くの選手はどんなことをイメージするのだろう?

 

100mの第一組。

 

本番前のブロック合わせ。

 

すべてに結局、答えはないと思ったほうが楽だ。

 

答えがないから、たゆまぬ努力が続いていく。

 

答えなんて最初から無いのだ。

 

準決勝から選手紹介があり、名前が呼ばれる。

 

照れくさくなる。

 

普段の生活で大勢の前で、名前を呼ばれることなんてないからだろうな。

 

静けさを取り戻したスタンドが、スタート前の緊張を作り出す。

ブロックに静かに足を置く音が聞こえる。

 

腰の位置を持ち上げ、スタートする。

 

いつもよりリラックスしたスタート。

 

たぶん初めの30mはトップではなかった。

 

それだけ余裕があった。

 

中盤にかけてグングン加速。

 

ライバルの存在も気にならないまま走り抜ける。

 

なんだろうこの感覚。

いつもより身体が軽い。そして、自動的に前に進んでいる全く新しいイメージの中、夢を見ているようだった。

 

スタンドからは驚きのリアクション。

 

ざわめく中、スタンドを見ると川草さんがすごい勢いで、手を振っている。

 

フィニッシュタイマーを見ると、

 

「じゅうびょうごーよん、、、」

 

それは大会新記録の瞬間だった。

 

スタンドからは声援が送られて、一時的に大会が中断された。

 

こんな映像を網膜に映し出したことはなかった。

 

役員に手招きされて、

 

「決勝終わったら、また来てね。おめでとう」

 

それだけを言われた。

 

同じ組の選手が駆け寄ってきた。

 

「トモヤ君おめでとう!」

 

「俺の分まで決勝頑張って!」

 

全く知らない選手が一度に祝福してくれたのだ。

 

いつもは名東高校でしか行動してなかったから、分からなかったけどスポーツで繋がった瞬間だった。

 

しかし、そこの同じ組で走った藍川セイゴはいなかった。

 

2着で通過した彼は10,64のベストだった。

 

レイジも10,85でベスト。トオルも10,73でベスト。

 

条件にも恵まれて一気にタイムが出た。

 

決勝にも大きな期待が持てる。

 

みんなが待っているブルーシートに戻る。

 

「トモヤくんおめでとう!かっこよかったよ!」

川草さんはそう言ってiPadをくれた。

 

「今日はまだ決勝があるから気は抜けないよ」

 

動画を見直して、課題点を探る。

 

気になったのは藍川セイゴの動きだ。

 

本気で走っているようには見えなかった。

 

不気味だけど、まだ決勝が残っている。

 

いつ覚醒するか見当がつかない実力があることは確かだ。

 

トオルもレイジも戻ってきて、渾身のハイタッチ。

 

「さすが俺のライバルだな、おめでとう!」

 

「トモヤすげぇな!後ろで見ててびっくりしたぜー」

 

褒められることはあまり慣れていない。

 

「ありがとう、決勝もみんなで走りたい」

 

1時間後に予定されている決勝で更にタイムを縮めたい。

 

あと一本集中で走り切ろう。

 

たった4人しかいないメンバーで這い上がってきたチームだ。

 

守るものは何もないし、挑戦することしか能がない。

 

だから、強いのだと思う。

 

決勝の招集は閑散としている。

 

ここまでようやくこれた。

 

長かったけど確かに歩いてきた道のりだ。

 

ここが夢の舞台へのスタート地点。

 

決勝5レーンの腰ナンバーを手に取り。

 

決勝に向かう。

 

「今度は負けないから」

 

そう聞こえたかは確かではなかった。

 

でも微かに聞こえたような藍川セイゴの音。

 

「トモヤ、夢を見せてくれよ」

一緒に陸上部を立ち上げて、ともに切磋琢磨する道を選んでくれたレイジがスタート直前にそう言ってくれた。

 

4レーンレイジ

 

5レーントモヤ

 

6レーントオル

 

8レーン巴ダイジロウ

 

9レーン藍川セイゴ

 

役者はそろっている。

 

更なる大会記録更新に会場は期待している。

 

そして、静かにピストルの音を待つ。

 

選手紹介ではひと際、小さな声援が送られるのが名東高校だった。

 

しかし、決勝では他校からも拍手をもらえるようになった。

 

俺は陸上競技を一つのツールとして、感動しあえる場所を創りたかったのかもしれないな。

 

決勝の舞台は誰にも渡さない!

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