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『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』8.雨の日、競技場にて

1月の中旬。

 

受験勉強が本格化してくる中で、俺は近くの競技場に向かっていた。

 

曇り空に今でも、雨が降りそうだ。

 

ただの気晴らしで、外に出てみただけだ。

 

走るという動作を辞めたから、もうどれくらい経つだろう。

 

そんなことを思いながらゆっくりと、いつも練習していた場所に近づく。

 

あれだけ熱をもって取り組んでいた競技。

 

ポッカリと穴が空いたような気分の毎日はなぜだろう。

 

いつも入ってくるのは難しい数式と読んだこともない文字。

 

吸収しているモノの差は歴然のハズなのに。

 

まだどこかで諦めきれない自分がいるのだろうか。

 

いろいろ思いを交錯させている間に、いつもの競技場に足が止まる。

 

今日は高校生が貸し切りで強化練習会を県が主催しているらしい。

 

スタンドには保護者や引率の先生が、間隔を空けて座っている。

 

俺はなるべく人がいるところを避けるように、席に座る。

 

高校の県トップクラスの選手が一堂に会していた。

 

もしかしたら、こんな未来があったのだろうかと、遠くから選手を考察する。

 

あの時、観客は選手に何を求めて、試合を観に来ていたのだろう。

 

結果?成長?人情?

 

おそらく多くの要素はそれらをひっくるめて「陸上競技が好きだから」だと思う。

 

単純だからこそ考えてしまうところが、人間の悪いところだ。

 

スタンドで15分くらい練習を観ていると、雨が今にも降りそうだったので、、重い腰を上げて帰ろうとした。

 

「2レーンお願いします!」

 

300mのスタート地点から少しだけ上ずった声で呼びかける選手がいた。

 

走り出すと、そのフォームはしなやかで、多くの選手がその通過を観察している。

 

最終コーナーを抜けるとひょうひょうと勢いを殺さないでゴールする。

ちょっと待てよ。

 

あれは、、、

 

そうだ!!

 

その姿は全中の準決勝で肉離れをして姿を消した藍川セイゴだ。

 

驚いた。一言で表すには足りないほどの驚きだ。

 

300mをフィニッシュすると、手元のストップウォッチでタイムを計測。

 

30秒後にはプラス100mのスタートを切っている。

 

無駄のないトレーニングに、まるで中学生とは思えない。

 

あの事件から数か月、藍川セイゴはしっかりとトレーニングを積んでいたのだ。

 

走り終えると、高校の先生らしき人物とコミュニケーションをとっている。

 

もう進路は決まっているのだろう。

俺は訪れたことのない感情のあまり、持ち上げたつもりの腰をもう一度下す。

 

終わっていなかった。

 

そう心の中で自分につぶやく。

 

彼は終わりと決めてなかった。

競技への執着心がこの光景を創っているのだろう。

 

たくさんの感情が入り乱れる。

 

一つの迷いもなかったのに。

 

雨も降ってきた。

 

走っていた生徒が少しずつ、競技場の室内に入っていく。

 

帰ろう。

 

もしかしたら夢かもしれない。

 

傘もささずにスタンドを出ようとしたとき、

 

「夏木トモヤくんだよね!?」

 

競技場から声がする。それは雨音でかき消されそうに聴こえてきた。

 

俺は聞こえないふりをして、スタンドを出る。

 

なぜ振り返らなかった?

 

振り返ったら何か、今の自分が変わっていたかもしれない。

 

なぜ受け止められなかった?

 

後悔をにじませながら階段を下りた。

 

きっと彼は俺に似た誰かに向けて叫んだに違いない。

 

そう思うのは、そこには競技者としての夏木トモヤがいないからだ。

 

競技場の外にある長いスロープを足早に去る。

 

逃げるように。

 

競技場の出口にたどり着くと、謎の安心感を抱えて、その場を後にする。

「やっぱり、夏木トモヤくんだよね?」

 

雨の中、息を切らせながら藍川セイゴがいた。

 

寒空の下。

 

「練習頑張ってるみたいだね、それじゃ、、、」

 

もう競技から離れた俺に言えることは全部言った。

 

これだけしかなかった。

 

あんなに勉強したのにもかかわらず。

 

「目標は一年生でインターハイの決勝に残ること!待ってる、もう一度走ろう。」

 

俺は首を横に二回振って、

 

「ありがとう、またいつかね」

 

それだけ言って、雨の中、帰路に戻った。

 

夏木トモヤには選択肢が2つある。

 

陸上に戻るか。

 

勉強を続けるか。

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