藍川セイゴは1年生ながら水上館高校のエースを務めていた。
同世代なのにキャリアの違いすら感じさせる。
「リレーの予選は走らないから、また100mの決勝で走りたいね」
爽やかな物言いで通り過ぎていった。
「トモヤ!気にしないでリレーに集中しようぜ!」
いつも気つけ薬はレイジの一言だ。
俺はこの新人戦で名東高校の現状を知りたい。
そのために今できることを真剣に取り組もう。
メンバーを引き連れて招集場所に向かう。
既に各校で長蛇の列ができている。
名東高校は3組4レーンだ。そして2+2だ。
各組上位2チームとそれ以外のタイム上位2チームが決勝に進む。
富山県では水上館高校が一強を誇っている。
他のチームはトントンといったところだ。
名東高校にもチャンスがあると言える。
みんなで4レーンの腰ゼッケンを骨盤のあたりに付ける。
新品のユニフォームに新品のゼッケンを、前日部室で付けてきた。
気合が入る。
そして、ピンのチャックを行うためにシューズ袋からスパイクを取り出す。
「ちょっ、おまっ!カイ!」
カイのスパイクの裏を見ると土のグランド専用のアンツーカーピンが装着されていた。
招集終了の8分前。
「まさかバトン合わせもそれでやっていたのか!?!?!?」
俺は慌てて確認する。もう遅いが。
「そうだけど、何か問題でもある?」
「大問題だああっっっ!!!」
チームで口を揃えて言い放った。
急いでレイジが島本さんに電話した。
「ベースキャンプにある工具箱みたいなやつ持ってきて!エントリーできなくなる危険(棄権)がある!」
「え?!?え?何のこと?工具箱?一応あるけどどこに持っていけばいいの??」
「とりあえずメインスタジアムの入り口で!一生のお願い!急いできて!」
慌てているのが手に取るように解るやり取りだった。
「わ、分かった!急いでいくね!外で待っててねー!」
残り6分。
招集の列はまだ続いているが、俺は急いでカイのスパイクのアンツーカーピンをドライバーでクルクル外す。
レイジは招集ルームから脱出して、島本さんを迎えに行く。
トオルは一人で最後尾に並んで、もしもの時に備えていた。
初めての大会だからという言い訳は、死んでもしたくない。
残り4分。
レイジが島本さんと一緒に工具箱を持ってきた。
俺はその中から、余っているスパイクピンを取り出す。
使い古した先端の削れたピンをスパイクに的確にねじ込む。
片方9本のピンを取り付ける。
残り2分。
これなら間に合う。
カイが今にも泣きそうな目でコチラを観てくるが、それに答える時間は無い。
よし、最後の一本だ。これを付ければ完成だ。
「うん?」
「あれ???」
「!?!?!?!?!?ない!!!!!!!!!」
工具箱に最後の一本が無かった。
「レイジ!島本さん!カイ!地面を見て!!ゴミでもいいからピンみたいなものがあったら持ってきて!!」
なぜか最後の一本が工具箱になかった。
俺も工具箱の中を必死になって探した。
答えは出てこなかった。
残り1分。
レイジが招集ルームの隅で、サビれたピンを見つけた。
「トモヤ!これでどうだ!?」
俺は受け取ってピンを無理やりねじ込む。
そのピンは、他のピンと比べてかなり短い。
贅沢は言ってられない。
「他に招集が終わっていない高校はいますか?」
「ハイ!ハーーーイ!!!」
質問に被るかの如く、即返答する名東高校陸上部。
トオルがなんとか時間を稼いでくれていたようだ。
スパイクピンの検査を通過して、スタートラインに立つことが許された。
今日一日分の体力を使ったかのような疲労感。
しかし、これで何とか試合には出られるので良しとしよう。
「これで走れる!切り替えて自分の役割に集中しよう!」
補助員の誘導で、それぞれの配置に向かう。
1走トモヤ、2走レイジ、3走カイ、4走トオル。
ここからは俺の視点だから、他の選手は分からない。
第1コーナーに連れていかれた。
周りは上級生ばかりだと思う。
オール1年生で出ているチームは名東高校くらいだろう。
注目は1組の水上館高校のタイムだ。
そして、すぐに1組目が始まろうとしている。
会場は決勝に向けて、静けさを守っている。
スターティングブロックが各レーンに配置される。
水上館高校は一番アウトレーン。
藍川セイゴの姿は無い。
かなり層の厚いチームだということが分かる。
出場校の生徒が応援をするためにスタンドに群れを成している。
眠そうな真波先生とタブレットで動画を撮影しようとする島本さんが見えた。
名東高校には特別に応援する部員もいなければ、歴史ある大弾幕もない。
だからといって、それが負けていい理由にはならない。
いよいよ本戦だ!!