田舎には古い自販機があって、まだ缶のカルピスが売られている。
キンキンに冷えた飲み口のある円柱を120円で購入する。
今はトオルと二人で競技場を散歩中だ。
「水上館のメンバーだけど、県新人戦はあれでフルメンだったのかな?」
「分からない。まだ隠し玉がありそうだよね」
おそらく、水上館は北信越新人戦でも個人とリレーで決勝に残ってくるだろう。
層の厚さは完全に負けている。
何が違うのか?
揃ったメンバー、指導力、環境、理念、挙げ出したらキリがないことに気付く。
「なに二人で話してるの!?レイジ君とカイ君のウォーミングアップ先生に任せちゃった」
島本さんが後ろから追いかけていた。
まだレイジもカイもアップ中で時間があったのだろう。
「どうやったら水上館に勝てるかってこと」
トオルが説明するのだダルそうに言う。
「何が俺たちに欠けているか話してたんだよ」
陸上競技の経験がない人に相談しても無駄だと思っていた。
というより、興味が無いのだとその時まで思っていた。
「欠けてる部分を探して、それを埋めたとしても、同じレベルにはなるけど勝てないじゃん!」
俺とトオルは衝撃を受けた。
自分たちに無い発想をいとも簡単に言ってのけたのだ。
疑心暗鬼になっていたトレーニングに一石を投じる瞬間だ。
自信を持てないのは、現状の数値を他者と比較してしまうからだ。
そして、比較して数値が劣っているとこを見つけては、埋めようとする。
本当はこの作業には何の意味もないのかもしれない。
数値化して比較しても現状は自分たちが劣っているのは日を見るより明らかだ。
ただ必要なことは「ハッキリさせること」ではなく、自分たちの長所を見つけて、それを伸ばして上げることだ。
つまり、勝てる部分を伸ばすこと。
比較により判明した劣勢を優勢にするのは難しいけど、優勢を更に加速させることは簡単だ。
新人戦で実力の差がハッキリしたけど、自分たちのストロングポイントもハッキリした。
それは成長性だ。
常にチャレンジャーとしての戦い方ができる。
もう負けているとこを探すことは止めよう。
自己分析とは他人と比較するためにあるのではない。
未来の成長した自分になるためには何が必要か教えてくれるためにある。
自分は他人じゃないし、他人は自分でもない。
他人と比べて不幸せになるくらいだったら、自分を好きな自分でいよう。
開けるのを忘れていたカルピスは少しぬるくなっていた。
サブトラックではもうアップを終えていた。
9時50分だからそろそろ移動するときだな。
当日エントリーなので、真波先生が競技場に着いてから手続きをしてくれた。
「トモヤ、俺も10秒台の仲間入りしてくるわ!」
調子がいいのか分からないけど、やる気には満ちている表情にチームの不安も無かった。
「おう怪我だけはするなよ」
カバンに荷物を詰め込んで招集場所に向かう。
先生はもうスタンドで場所を陣取っている。
「それじゃスタンドで観てるわ、頑張れよ!!」
レイジとカイを招集場所まで見送る。
記録なしでエントリーしたから12組に二人とも出ることになっている。
「真波先生、朝からありがとうございます。」
「全然いいよ、なんか知らない高校の先生から挨拶されっちゃった(笑)新人戦の効果かな」
真波先生も少しずつ有名になっているのかもしれない。
こういうのって先生的に嬉しいのかな?面倒なのかな?
一組目から順番にスタートしていく。
最初の組は一般や大学生が多いように見える。
高校生は最近新人戦があったせいか出場者が少ないようだ。
レイジとカイの順番が来るまで謎の緊張に包まれる。
楽しみだが楽しみでない。
風はほぼ無風だ。
条件としては好条件。
いよいよ12組だ。
二人がスタートラインの後ろから、身体を弾ませながら出てくる。
遠目で見ると調子は良さそうに見える。
スターティングブロックから軽く跳び出すイメージを固めている。
気温も少しずつ上がってきていて走りやすい気候だ。
男子100m第12組のスタートだ。
一列に並んだ選手が同じような動きでブロックに脚を置き、腰を下ろす。
爆発音が鳴り響く。
近くの山に音がバウンドして2回聞こえるようにも感じるが、スタートは成功している。
レイジはスタートでガンガン加速する。
脚が高く上がっていて60mまでは綺麗なフォームだ。
カイもそれに粘って着いていってる。
他の選手の追随を許さない。
というより、持ちタイム無しの組なので他の選手はそこまで速くないのだと思う。
しかし、それにしてもレイジが速く感じた。
ゴールした瞬間、フィニッシュタイマーの数値は止まらなかった。
風は+0.3
レースはレイジが1着でカイが2着。
一体どんなタイムが出たのだろう??