レースを終えて、先生に買ってもらった缶のコーラを競技場の外の日陰でみんなで飲んだ。
正午近くになると少し暑さが増して、あまり日なたには出たくない。
初めての記録会はいろいろ緊張したと思うが、まあまあ良かったと思う。
足下を見ると、蟻が列をなして自分より体の大きな昆虫を運んでいる。
目線を上にあげると、長距離種目のレースを控えたどこかの高校がウォーミングアップをしている。
更に目線を上げると、木々に日差しを遮られた木漏れ日が煌びやかに映えている。
普通の記録会。
陸上競技をしていない人からすれば、ただの休日だ。
このメンバーでいると心が穏やかになる。
そろそろ掲示板に記録が出ている頃合いだろう。
実はレイジもカイも自分のタイムをまだ知らない。
フィニッシュしてからタイマーが止まらないで、流れ続けていたのだ。
恐らく11秒台は出ていると思う。二人とも。
島本さんが掲示板の偵察に行っているからもう少し待つことにする。
「先生!コーラありがとう!早く結果だないかなー」
真波先生はうちわをあおぎながら、にっこりする。
名東高校の今日一日の予定は終わってしまった。
後は結果を見て帰るだけだ。
このスポーツは当日の終わり方が少し寂しいような気もする。
もう少し何かあってもいいだろうに。
まあそんなことは置いておいて、記録が出たらみんなすぐに帰るつもりだ。
島本さんが走って戻ってきた。
「記録張り出されてるよ!カイ君レイジ君しりたいーー??」
「あーーー言っちゃダメ!!自分で見に行くから!!」
陸上競技者ならこの気持ちが少し解ると思う。
記録は自分が出したものだから、自分で見たいよね。
「レイジ見に行こうよ!」
乗り気なカイが全力でレイジを急かしている。
二人は掲示板に向かって走っていった。
「んで、島本さん。二人の記録はどうだった?」
少し空白の間が空いて、
「うーん、二人の口から聞かない?その方が面白いと思うから」
確かにそうかもしれないけど、その場では教えてくれなかった。
カイを先頭にして二人がすごい勢いで帰ってきた。
「どうしたの!」
真波先生はビックリして真相を探る。
「記録掲示板の見方が分からない、、、」
何とも言えない感情がチームに駆け巡った。
陸上初心者ならあるあるかもしれないが、新人戦で掲示板の見方を教えていなかったと思いだした。
「よし、一緒に見に行こう。しゃーなしな」
「トモヤすまねぇ、何から何まで。」
ということで、三人で見に行くことにした。
ついでに、飲み干した缶ジュースも捨てよう。
競技の旬を過ぎた掲示板は閑散としている。
それが今だ。
これは二人が見方が分からなかったおかげかもしれない。
まずは俺が見る。
人の楽しみを奪うような気持ちもあるが仕方ないだろう。
「風+0.3でレイジが11.56、カイが11.88な」
「うおーーー初めてのレースで11秒台!!嬉しいいいいい!!」
レイジは大喜びだった。
「俺11秒なんて夢のタイムだと思っていたよ」
カイも神秘的な表情を浮かべている。
俺も二人の結果を見て、陸上に誘ってよかったと思った。
ここまで達成感ややりがいを感じてくれるなんて、やっぱりうれしい。
感謝をしなくちゃいけないのは、本当は俺の方だ。
島本さんが後ろから追いかけてきた。
「ね!直接の方が良かったよね」
「結果は俺が先に見ちゃったんだけどね」
とりあえず、名東高校は創部1年で11秒台を2枚、10秒台を2枚揃えることができた。
大きな収穫だ。
「よし、そしたらここからはひとまずシーズンオフにするね」
部室に戻って先生からチームに向けて、言われた最初の一言だ。
「俺まだ練習できますよ!」
レイジが貪欲に意見を求める。
「ダメ!今週は身体を休ませる。休むことも練習。オフが空けたら、死ぬほど練習するから!」
納得した様子で笑って返した。
「死んでもインターハイ行けってことだよ」
トオルが小声でフォローを加える。
「ようやくチームが軌道に乗ってきた。今週はしっかり休んで、来週から本格的に鍛錬期だ。」
各地ではまだ試合があるが、名東高校陸上部は他の高校よりも早く地獄の冬季練習に移行する。
10月の中旬から虎視眈々と爪を研ぐ。