『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』47.シーズンダッシュ | 陸上トレーニングスクール  

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』47.シーズンダッシュ

久しぶりに競技場の空気を吸った気がする。

 

この独特の風を何度、肺に入れたことか。

 

良い意味でも悪い意味でも緊張する。

 

今日は地元の陸上競技場でシーズン最初の記録会だ。

 

この試合が県総体前の最終調整になるから、チーム全体でとりあえずいいタイムがほしかった。

 

「真波先生、今日はみんなのアップ観なくていいの?」

 

「俺はいつもチームのパシリだからコンビニで氷でも買ってくるよ」

 

先生はいつも楽しそうに試合中コンビニに行く。

 

おそらく誰よりも楽しんでいると思う。

 

マネージャーの二人はサブトラックで動画撮影や飲み物などの手配をしてくれる。

 

「トモヤくん!10秒台見せてね!!」

 

川草さんはいつにもなく気合が入っていた。

 

試合になると緊張してあまり話せないので軽くうなずいておいた。っていつものことか。

 

涼しいような寒いような風に包まれている。

 

レイジやカイのアップを見ても、普通の高校生とは違ったプロ意識のようなものが垣間見える。



個人で黙々とアップする姿は、ワイワイしているような他の部活動とは違っていた。

 

今日の試合は驚くようなタイムが出るのではないか。

 

そいえば水上館高校のメンバーがいない。

 

余裕があるのか県総体をアップにつかうのだろ。

 

レースにとって余裕は大切だが、それにアグラをかいていてはだめだ。

 

普段はあり得ないことが起きるのが陸上競技だ。

 

ジャイアントキリング。

 

レイジが入念にスタートの確認をしている。

 

「いつもの土のグランドと感覚が違うから慣れておかないとなー」

 

「確かにな、でもレイジは後半追い上げるタイプだから焦らなくてもいいよ」

 

少し嬉しそうな顔をして、スタブロを蹴り始めた。

 

カイはコーナーの練習をしていた。

 

「今日は200m無いだろ?」

 

「いや県総体は200mで勝負しようと思ってるから、ちゃんと調整しておかないと!」

 

カイも最初は何も考えていないやつだったが、自分の役割を確認して全うしている。

 

入試の時に俺に話しかけてくれたのは運命だったのかもしれない。

 

「トモヤ、今日は何秒狙ってるんだ?」

 

トオルは闘争心を抑えながら聞いてきた。

 

「とりあえず10秒8台は初戦で出そうと思っている」

 

「言うねー」

 

真波先生が戻ってきた。

 

ポテチと炭酸ジュースを持っている。

 

それもコンソメダブルパンチだ。

 

スタンドでお菓子を食べることが先生の生きがいらしい。

 

「今日はみんな11.30でエントリーしてあるから、全員同じ組だよ!」

 

事前にスタートリストがウェブに公開されていたからそれは分かっていた。

 

というより、チームで相談して同じ組にした。

 

ともに努力してきたチームだ。

 

それに実力の差はかなり埋められていると思う。

 

アップもほぼ完了して、スパイクでスタート練習をする。

 

「トモヤくん!私、音鳴らすよ!」

 

川草さんが着いてきてくれた。



陸上部のマネージャーとしてはかなり可愛いレベルだから、他校の視線が気にかかる。

 

さっさとスタート練習を済ませて帰ろう。

 

拍手の音で勢いよく跳び出す。

 

感覚はまだまだ鈍い。

 

でも、今後の試合に合わせて今日は予行演習のようなものだ。気楽にいこう。

 

チームで行動すると一体感が生まれる。

 

そして周りのチームからは名東高校は一目置かれている。

 

招集所ではマネージャーが場所取りをしてくれている。

 

「今日は撮影が一組だけで助かるよ!」

 

島本さんはそう言って、川草さんとスタンドに言った。

 

レーンナンバーを腰に付けることは久しぶりに感じなかった。

 

それだけ冬季練習が短く感じたのだろう。

 

時の流れを感じながら、いざレースに挑む。

 

地方の記録会ともあって特別な盛り上がりは無い。

 

しかし、虎視眈々と爪を研いできた選手ばかりだと思う。

 

第3組に名東高校が固まってレースに出る。

 

招集を済ませて、揃ってスタート地点に向かった。

 

誘導係なんていないし、荷物を預けることもない。

 

スタート場所には一般や地元の大学生が第1組のレースに備えていた。

 

100mになるとスタンドも少しだけ人が集まる。

 

このスタンドを埋めることは相当大変なことだと思う。

 

昔を思い出すわけじゃないけど、過去の俺にはそれだけの価値があった。



でも、今の自分の方が100倍くらい好きだ。

 

掛け替えのないチームを陸上は与えてくれたから。

 

1組目のトップは10.98だった。

 

2組目のトップは11.20だった。

 

そして名東高校のレースだ。

 

真波先生がコーラをごくごく飲んでいた。

 

マネージャーはiPadで撮影のシミュレーションをしている。

 

アットホームなレース、悪くはないね。

 

オンユアマークス、、、

 

セット、、、

 

一番反応が良かったのはトオルだった。

 

俺を置き去りにしてドンドン前に行く。

 

レイジも中盤、俺と一緒に伸びてきた。

 

驚いたのはカイだ。

 

トオルを追うようにして、最高のスタートを切っていた。

 

レースは65mを過ぎてトオルに並んだ。

 

カイやレイジもすぐ近くにいる。

 

ゴール前までレースは分からなかった。

 

フィニッシュタイマーは10.80

 

そして、全員が自己ベストのレースだった。

 

レイジ10.97

 

カイ11.03

 

トオル10.90

 

俺は10.80



記録掲示板には多くの高校生が群がっていた。

 

少し有名人になったようだ。

 

「名東旋風の開幕だ!」

 

真波先生はポテチとコーラを持って祝福してくれた。

 

県総体まで時間が無い。

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』48.初めての県総体

『今だけでいいから駆け抜ける勇気をください』46.シーズン開幕の予感