その日の新聞には1/4面くらいの大きさで藍川セイゴのフィニッシュ時の写真が載っていた。
巨大な文字で「天才高校生現る」
そう、高校1年生で県総体の100mを優勝したのだ。
おそらく彼にとっては、さほどの偉業ではなかっただろう。
あの時伝えた思いの丈とは裏腹に、怠惰な授業を受けている6月上旬。
教室の外は雨で、ちょうど4限目が半分くらい過ぎたことだ。
県総体で思い知らされた圧倒的な差に、今でも違和感を抱えたまま。
一番窓際の席では、先生の声より雨音の方が強く聞こえる。
俺は考えた。
藍川セイゴという天才との違いを。
あの日からずっと考えている。
24時間ずっとだ。
一つの答え、いや、もしかしたら複数あるのかもしれないが、まずは一つ見つけた。
それは競技に対して使ってきた時間とその密度だった。
あいつは俺が自分自身で止めていた時間を、必死に進めようとしていた。
時間は自分次第で止められたり、進めたりできるとこが分かった。
そして、同じ時間でもスピードが速いほうが大きく成長できる。
藍川セイゴは怪我をしてから約半年で急激な成長を果たした。
それは自分自身で時間を動かして、その時間の中で濃いトレーニングをしてきたからだ。
時間と密度、この二つがあの天才を創り上げた。
国語の授業は全く脳に入ってこない。
おそらく文法、倒置法の問題を解く時間。
それに気付いたのは、ペン回しを失敗して、ペンが床に落ちた瞬間だった。
白紙の答案用紙が回収される。
名前の欄は埋めた。急いで。
授業が終わった。
チャイムと同時に、購買に走る予定の連中は号令を残像が見えるくらいのスピードで済ませ、廊下をトップスピードで走り出す。
先生の注意は雨の音で聞こえなかったです。
センスのある言い訳だ。
俺は部室に弁当をおいている。
あ、一応部室もある。
ただ、昔使っていた理科準備室で、変な生き物がフラスコの中にいたり、臭い薬品があったりする場所だ。
職員の許可を得て、土曜日に丸一日かけて掃除をして、今は異臭もなく快適に暮らせる環境ができた。
相変わらず変な生き物はその部屋の端にいるが、おそらく生きてはいないので安心してはいる。
レイジもカイももうすぐ来るだろう。
俺が時間と密度でライバルに勝つ方法が見つからない。
1日は24時間という制約がある。
1秒過ぎたら、その1秒は返ってこない。
自分のために生きていないと、取り返しのつかない1秒になる。
とあると密度しか、勝てる要素がない。
しかし、密度とはなんだ??
練習メニューなのかタイム設定なのか、食べ物なのか、それともテクノロジーを取り入れるべきなのか。
いろいろなことをやり過ぎると、密度が薄くなってしまうのではないか?
真波先生がドアを開けて入ってくる。
リアルにビックリした。
「俺にはご飯を食べる場所もないのか!?」
辛そうでありながら、どこかニヤニヤした顔つき。
全く読めない先生だ。
「机の上に資料が山積みだから、部室でご飯食べに来たよー」
「どうぞ、後でみんなきますから」
先生が木製の低い椅子に腰かける。
コンビニで買ったであろう唐揚げ弁当を、なぜか用意してある電子レンジで温める。
「先生、練習の密度を上げるためにはどうすればいいと思いますか?」
チーン。
電子レンジからアツアツの弁当を恐る恐る取り出す。
ふたを開けると湯気が立ち昇る。
「いろいろやってみることじゃない?」
「それって密度薄めませんか?」
「え、密度を濃くするためには、まず容器がいるでしょ。どの入れ物が同じ量を入れて、濃くできるか試さないの?カルピス作ったことないの?」
天才だった。というより奇才寄りか。
そうだ。
挑戦しないで、何が密度だ。
試行錯誤の繰り返しから選ばれた時間の使い方が密度なのだと、先生は語ってくれた。
そして、みんなでこのことについて共有した。
昼食をとり、レイジもカイもぼんやりではあるが、これからの名東高校陸上部の方針も決めた。
秋大会までにどのチームより、失敗の数を増やす。
それは型破りな挑戦を意味していた。