体重が急増した。
毎朝ベッドから起き上がる瞬間、トイレで座る瞬間、自転車に乗る瞬間、全ての瞬間で筋肉痛を感じる日々が続いた11月は終わった。
元々ウエイトトレーニングなんてやっていなかった身体に、尋常じゃない刺激が加わったことによって、強靭な肉体を手に入れることができた。
1カ月で身体は変わらないと思っていた。
もしかしたら、そう思っているから変えられなかったのかもしれない。
しかし、死に物狂いでバーベルと遊んでいた一カ月は、本気で身体を変えたいと思っていた。それも最短で。
12月に入ってウエイトは週に2回で継続される予定だ。
自分のマックス重量から60%の重さを10回10セット。
「俺ヒョロヒョロだったのに最近たくましくなったなっておとーに言われたわ!」
部室で着替えながらレイジが嬉しそうに言っていた。
しかし、ウエイトトレーニングは一体どんな意味があったのだろう?
必死に毎日を生きていたから、理由なんて考えてもいなかった。
12月の最初の練習をするために、グランドに向かう。
先生が珍しく先に着いて待っていた。
そいえば、いつもグランドまで自転車で向かっていたのだが、ウォーミングアップの時間を短縮するためにジョグで向かうこととなった。
日が暮れるのが早くなったから、タイムマネジメントは必須だね。
「今月のメニューを発表します。100mシャトル走20本です!!」
先生は月単位でメニューを提示する。やりっぱなしが嫌いだからだ。
常に練習の条件を揃えて、選手に成長を感じさせるために、比較させる。
「先生!ウエイトトレーニングはどんな意味があったんですか?」
トオルがチームの疑問を投げかけた。
「みんな体重増えたよね、体重が60kgの選手と70kgの選手じゃ使っている筋肉量が違うことは解ると思う。つまり体重が重い選手の方が同じ距離を走っても高負荷って訳。」
走りに支障をきたさない範囲でのウエイトアップは練習の強度を飛躍的に上げてくれる。
俺たちがガツガツ重量挙げをしていたのは、単に筋力アップのためではなく、根本的に体重を増やしてスプリントトレーニングの強度を高めるためだ。
「春先に身体は絞るから、気にしなくても大丈夫だよ!今はガンガン練習しよう!」
真波先生はどれくらい先のスケジュールまで考えているのだろうと疑問に思うことがある。
12月は週3のペースでシャトル走を行う。
ルールは簡単で、100mを15秒で走り切り、45秒レストでスタート。
1本あたり1分で終えられて、20分で20本できるという非常に優秀なメニューだ。
真波先生と島本さんがゴール地点でストップウォッチを持って計測してくれる。
地獄の20分間がスタートする。
「それじゃ始めるよーーー!」
マネージャーの合図で一斉にスタートした。
全員が13秒前後でコレクトする。
5本10本と積み重ねていくうちに、呼吸が苦しくなる。
冬場は空気が冷たく、喉を通る瞬間、血の匂いが良くする。
この現象は陸上あるあるだと思う。
後半は15秒のタイムをクリアできなかった。
呼吸が遠くなり、重たい身体を引きずっているような走りとなってしまった。
体重が重くなった分、身体を自由に動かすことができない。
とても複雑な状況だが成長は確かに感じていた。
この身体を使いこなしたいと本気で思った。
12月に入って、最初のシャトル走が終わった。
みんな地面で寝ている。
走り切った瞬間、脚が推進することを忘れる。
「ちょっと!みんな大丈夫!!??」
「みず、みずを、、、」
カイが髪の毛を土まみれにしながら、仰向けで泥のように寝込む。
ハードメニューをすると必ずと言っていいほど、スプリンターは倒れ込む。
これも一興。
「いやー面白い練習だね、課題がいっぱい採れたよ」
先生は撮影をしていた動画を見ながら楽しそうだ。
15本目を過ぎてから、メンバーは記憶を失っていた。
ウエイトアップした身体で、走りを意識するなんてとてもできない。
しかし、第2週第3週とトレーニングを重ねるごとに、設定タイムをクリアして、更にタイムを向上させることができた。
同じメニューを突き詰めるということは成長を感じやすい。
浮気はダメなんだね。
高校に入って、最初の年が終わろうとしている。
クリスマスは陸上部みんなでケーキを食べた。真波先生が買ってきてくれた。
「毎日、辛いトレーニングが続くけど、インターハイに出るために頑張るよ!」
ホールケーキのチョコレートプレートには【インターハイ出場】と書いてあった。
練習は確かにハードだけど、楽しかった。
この仲間で競技を続けていきたい。
今年は色々あったな。家のベットの上でそう思いながら寝てしまう。
それは毎日のことだ。
高校生活は一瞬で終わってしまう。
面白いくらいに一瞬だ。
来週は初詣に行こう。名東高校陸上部でね。